酸化物系回路の動作を実現するためには回路内でJcの揃っていることが必要である。Jcが均一であることを前提として、回路内の超電導接合の臨界電流は接合幅のみで設定されていた。ところが回路内の臨界電流分布を調べてみると、接合幅だけでなく、下部電極の奥行、幅、下部電極と磁気遮蔽膜間の接続部面積等、さまざまなパラメータによって臨界電流が変動することがわかった。
そこで図1のトグル・フリップフロップ回路の写真に示されるように、各超電導接合を構成する下部電極の寸法あるいは面積を互いに等しくした。このために従来超電導接合線路等では下部電極を共有していたが、超電導接合毎に切り離した。すなわちSBL構造である。回路内の超電導接合Jc分布を個別に測定した結果によれば、従来構造のトグル・フリップフロップではJc分散が27%であったものが、SBL構造のトグル・フリップフロップではJc分散が8%まで低減できた。下部電極を切り離すことによって寄生インダクタンスが増加するが、磁気遮蔽膜に繋がる下部電極間を上部電極で接続することによって、この増加を抑えた。
作製したトグル・フリップフロップは図2に示されるように、安定な分周動作を示し、動作は35 Kまで確認できた。各バイアス電流に対するマージンはシミュレーションで期待される値よりは小さいものの、有限の値を確保できた。また平均電圧法による速度評価によれば、4.2 Kで360 GHz、40 K近い温度で110 GHzの高速分周動作を実現できた。この動作周波数は従来構造のフリップフロップに比べて2倊以上の値であった。新たに考案したSBL構造で酸化物回路を作製し、フリップフロップだけでなく、インバータや1:2スイッチ回路など様々なSFQ基本回路を動作させることができた。
超電導工学研究所の若菜氏によれば、酸化物系プロセス技術の積上げによって、単純な超電導接合の繰り返しパターンでは臨界電流分散が8%まで向上していたが、回路動作に結びつかなかった。SBL構造を駆使することによって、要素回路段階から、機能回路レベルに発展できる見通しがついたとのことである。同研究所の坪根氏によれば、今回トグル・フリップフロップ、スイッチ回路およびインバータ等の動作を実証したことによって、酸化物系高速AD変換回路を構成する主要部品が揃いつつあるとのことである。
図2 1:2トグルフリップフロップの34 Kでの論理動作
(SBL)