SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.15, No.2, April. 2006

10. 新規磁場応用に関する第3回調査研究会報告


  低温工学協会「新規磁場応用に関する調査研究会《の2005年度第3回研究会が東京大学工学部にて開催された。今回は埼玉大学理学部・曾越宣仁博士が「強磁場下での水の微小磁性《について講演を行った。曾越氏は、埼玉大学理学部・中林グループの助手として、学振・未来開拓学術研究推進事業「強磁場下における物質および生体の挙動《プロジェクト(1999~2003年度)や文科省・特定領域研究「強磁場新機能《プロジェクト(2004~2006年度)を通じて、強磁場を使った新現象・新機能開拓を進めている。以下に講演の概要を紹介する。

 水分子は一般的な反磁性を示す物質である。一方で、水素結合を介した分子間の強力な結合も存在する。曾越氏らのグループは水の水素結合に着目し、この水素結合が水の磁性に与える影響について、強磁場をツールとした実験から明らかにしようと試みている。まず、表面共鳴プラズモンセンサーなどの2通りの精密測定から、水の屈折率が磁場により変化することを示した。測定方法により若干の差は現れるが、屈折率の増加は10テスラで0.1%程度とのことである。また、①H2Oと重水素を使ったD2Oの屈折率の磁場依存性を比較すると、磁場依存性はH2O > D2O、②ヘキサンでは全く磁場依存性が現れない、といった実験結果も紹介し、水の屈折率に与える磁場効果の支配因子として水の水素結合の重要性を指摘した。水の磁化率の成分として反磁性を示す分子自体の磁性(分子磁性)に加えて水素結合による軌道の歪みが誘起した常磁性成分の寄与があり、磁場によって常磁性項が増加することでの水のマクロ磁性が影響を受けている。つまり、磁場は水素結合でつながった水分子団を構成する水分子の数を増やす効果があるとのことである。

 さらに、水に対する磁場印加効果は金属界面に局在した水分子で顕著に起こることを明らかにした。清浄Au表面上の水について、電気化学的にAu表面を変化させて磁場中の水の屈折率を評価している。電位を変化させれば、Au表面の水分子の配向や酸化被膜の形成や崩壊を制御できる。結果として水/Au界面近傍での水の屈折率は、電気化学的にAu表面に厚さ数10 Åの酸化被膜を形成して水分子を表面から排除したときよりも、磁場によって大きくなり、これはバルク水の磁場効果よりも大きな応答であるとのことである。C18H37SH(オクタデカンチオール)/Au界面では表面修飾分子間の2次元的な電子の交換相互作用によると考えられる磁性の発現に関する報告と比較しながら、Au表面に吸着した水分子の磁場応答についても言及した。曾越氏らのグループは金表面に局在した水のモデルとしてAu表面の単分子膜をとりあげた。彼らは単分子膜の表面磁気光学効果を測定し、磁気旋光が生じていることを示した。この実験結果はAu表面と相互作用している水分子は電子状態が変化して常磁性を帯びていることを示しており興味深い。

 水は生体を構成する基本物質であり、一般に最も良く知られた物質のひとつである。それゆえに水に及ぼす磁場効果の理解がもたらす波及効果は、磁気科学の一テーマを越えて生体への影響など非常に大きいと思われる。このような身近な物質を扱った研究だったこともあり、出席者と講演者の議論が活発で盛況な講演会となった。最後に、この紙面をお借りして本調査研究会について紹介させていただきたい。本調査研究会は低温工学協会において組織されているものであり、磁場を利用した新磁気科学分野と磁場発生技術に関わる低温工学分野の情報交換を通じて両研究分野の発展の糧にしようという趣旨で新磁気科学分野における最新の研究調査を行っている。2006年度も本調査研究会は継続し、3回の研究会(参加費は無料、開催場所は東京大学工学部)を予定している。本調査研究会の開催連絡はe-mailのみで行っているため、開催連絡をご希望の方は本誌編集事務局(連絡先は最終ページに記載)までご一報いただきたい。

                               

(東京大学, 低温工学協会「新規磁場応用に関する調査研究会《幹事:堀井滋)