SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.15, No.1, Feburary. 2006

7. 《コラム》2006年新春を迎えて 低温工学協会長:山藤 馨


  今年の新年吊詞交換会では、出席者の顔が、一様に、昨年までと較べて明るかったのが印象的であった。この事実は、長く続いた構造上況も底をつき、景気回復に向けてのステップを踏み出し始めていると感じる人たちが、漸くにして、大勢を占めてきたことを示している。

 私たちの低温・超伝導技術の分野ではどうであろうか。

まず、高温超伝導科学技術に目を向けると、今年は、高温超伝導が発見されてから丁度20年目にあたる。この間、高温超伝導は、その発現機構については未だ決定的な理論が提出されていないにも拘わらず、その応用面の基礎・基盤研究の方はほぼ順調に進んできた。例えば、Bi系の線材・導体では、超伝導ケーブルや全超伝導モータ等が実用化に向けたプロトタイプの製作・試験時代に入ってきているし、Y系の次世代線材・導体やGd系のバルク磁石も、実用化を目指す基盤研究の段階に入りつつある。 このような高温超伝導応用研究の進展スピードは、半導体産業等の既成産業が、産業化に向けての「死の谷《を越えて対岸の崖を登りきるのにほぼ30年の歳月を要しているのに較べると、液体窒素温度以下で使用せざるを得ない宿命をも、帳消しにするほどの勢いであると言えよう。

しかも、一昨年に至り、高温超電導体のCuO2面内の強相関電子系の電子分散にはっきりとした同位体効果があることが見つかり、高温超伝導の発現機構にも電子・格子相互作用が密接に関係している可能性が指摘され始めている。もし、この可能性が現実であれば、室温超伝導体の存在・発見の確率も高まり、その探索にも弾みがつくことが予測される。低温超伝導材料の応用研究が、BCS理論の出現以後に、「性質の知れた材料《としてのメリットも加わってぐんと加速した例からも、このような高温超伝導発現機構の研究の進展は、私たちの希望を膨らませてくれる出来事であろう。

ここで、低温超伝導材料の応用も含めた、低温・超伝導技術の産業化に目を向けると、漸くにして「死の谷《のこちら側の崖を滑り降りて、底に流れている河を泳いでいる最中のものから、河の対岸にたどり着いて産業化へ向けての崖を這って登り始めたものなど、さまざまな様相を呈している観がある。

例えば、デジタル技術に抜本的な進展をもたらす可能性を秘めた超伝導SFQデバイスの研究は、高周波化や集積化の可能性等、基礎技術の面では河をほぼ渡りきり、室温環境と低温環境の間の信号の出し入れなどに関する基盤技術が進展すれば、対岸に跳び上がれる段階にきているように思われる。

 一方、既に河の対岸に跳び上がり、どうやって険しい崖を這い登ろうかと、崖を見上げているものとしては、超伝導磁気浮上式鉄道や、現在ITER計画などに沿って進められている熱核融合炉、上にも述べた超伝導ケーブルや船舶推進用超伝導モータ、等々、かなり賑やかな状況になってきた。

 振り返ってみると、このように、産業化に向けての「死の谷《の中を、この十数年間に亘る構造上況による圧力にも耐えながら、よくここまでたどり着いたものである。

低温・超伝導技術分野の研究・開発に携わる人たちの、このような「打たれ強さ《は、低温工学協会のこの10年間の推移をみてもわかる。例えば、会員総数は10年前よりも僅かに減少した程度であり、低温・超伝導学会への出席者の数や発表件数は逆に増えている。この間、さすがに、民間企業所属会員の数は約65%にまで減少し、賛助会員の口数もかなりの減少をきたしてきた。しかし、学会での発表数に大きな変動がなかったという事実は、民間企業に所属していた研究・開発者のかなりの部分が民間企業以外に移って研究・開発に依然として携わっていること、並びに、若い学生たちが低温・超伝導技術に親しむ機会もあまり減少していないことを示している。

 ITERのサイトがフランスに決まったのは残念ではあるが、必要な超伝導機器建設のかなりの部分をわが国が担当することには変わりがない。大規模超伝導空洞系に基づくリニアコライダー計画も現実味を帯びてきたし、上に述べたような超伝導材料の産業化への種々の基盤研究の進展によっても、低温・超伝導技術の継承や若手の研究・開発者の育成、等、「死の谷《を越すのに必要な最低限の要請面も、今後は満たされていくものと期待される。  「死の谷《を這い登りつつあるときの最大の追い風が景気の回復であることを思えば、低温・超伝導技術の将来に対する明るさが、かなりはっきりと見え始めた年明けではなかったろうかというのが、私自身の現在の感想である。