SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.15, No.1, Feburary. 2006

6. バルク高温超電導を用いた高分解能NMR用マグネットの開発 _理研、イムラ材研_


   理化学研究所(理研)とイムラ材料開発研究所(イムラ材研)のグループがバルク高温超電導体(Sm-Ba-Cu-O)を用いた磁石(3 T(126 MHz))でNMR信号の確認に成功した。また、同グループはバルク体の大きさを外径36 mmから外径60 mmに大型化することにより、スペクトルの分解能を1445 ppmから4.85 ppmに向上させており、分析用NMRの次世代磁石(図1)として期待している。  最近のNMR用磁石は、ほとんど超電導磁石を使用している。理由は卓越した磁場安定性(0.02 ppm/hour以下)にある、超電導磁石以外ではこのように突出した安定性が望めないためだ。高温超電導体が発見されて以来、NMRを利用する人々は液体窒素で動作する超電導磁石を渇望している。また、低温超電導の線材で得られる磁場強度は限界(現在は物質・材料研究機構の開発した21.86 T(930 MHz)が最高)であり、NMRでタンパク質の高次構造解析の感度の向上のポイントとされる25.85 T(1.1 GHz)磁石の実現には高温超電導線材が期待されている。高価な液体ヘリウムを使用することなく安価な維持費で使用できるNMR装置や世界最高水準の研究のための高磁場NMR装置は高温超電導体がもたらしてくれるのである。このため線材化とその長尺化の開発が懸命に続けられている。一方、高温超電導によって可能になった形状、応用がある。「それは塊の状態(バルク)です。《イムラ材研(現 新潟大学)の岡徹雄氏は「バルクは高温超電導が発見されて可能になった新しい形態です。これは高温超電導体のTcが十分に高く、比熱が大きい領域で使用できるからです。低温超電導体では比熱が小さすぎて、安定したピン止めが出来ませんでした。バルク高温超電導体では20~30 Kでも安定したピン止めが出来ます。したがって、強力な永久磁石の代わりとして使用できるのです。《と説明する。この新しい形態の応用としてNMR/MRIは出来ないだろうかと考えたイムラ材研は理所と共同でバルク磁石の開発を始めた。

 「お互いに全く違う知識を合わせての開発で、最初は困難を極めました。《とイムラ材研の伊藤佳孝主任研究員はコメントした。「最初はバルク装置の表面に出来る円錐形の磁場分布を利用した新規のイメージングを考えていましたが、磁場勾配が大きすぎたのと磁場強度が低かったためにNMR信号が検出できませんでした。《そこで考え方を改め、すでに実用化された仕様の明確な高分解能NMR用磁石としての開発に方向を変えた。高分解能NMRの仕様は磁場の安定性と磁場の均一性(0.5 ppm/mm)で、バルク磁石では求められたことのなかった高精度の磁場の均一性が求められる。分析用の高分解NMRは、例えば4.7 T(200 MHz)の装置でも試料空間が2.35 μT以内という微弱な磁場勾配にしなければならないため、普通は上可能と考えるだろう。ブレークスルーは均一性を出すためにバルク体の表面磁場を使うのでなく、バルク試料に穴をあけてその穴の中に均一な磁場空間を求めたことと(図1参照)、NMR用の超電導磁石を用いた静磁場着磁である。イムラ材研の吉川雅章研究員は「皆が普通はダメではないかと思うところを越えてみたかった。そのための後押しを理研がしてくれました。《とコメントした。理研には産業界連携制度という制度があり、理研の技術シーズについて、産業界と協力することにより研究成果の技術移転が促進されると判断される課題提案について、理研の研究開発分担に要する研究開発費を支給してくれる。理研側でNMRを担当した仲村高志先任技師は「この制度なしでは、バルク磁石の開発は出来なかったでしょう。おかげで安定性については、すでに仕様を満足しており、磁場均一性はあと一桁で実用化の域に入ります。NMRはいまだに新しい技術革新のある非常に面白い分析手法です。ただ、磁石についての自由度は完成された低温超電導磁石があるゆえに大きくなかった。また、液体ヘリウムや液体窒素といった冷媒が必要です。冷凍機で超電導状態を保持する我々のバルク装置は、コンパクトで卓上にも乗るほどで、いままでにない設計の自由度があります(図2)。完成すれば今までになかった用途の拡大があると思われます。また、設置場所を選ばないので品質管理やメタボノミクスを用いた診断にも使っていただきたい。また、単独のバルクでは17 T(直径26 mm)という強磁場の記録(超電導工学研究所、鉄道総合技術研究所)もあり、高磁場も充分望めます。高温超電導体の新しい応用形態であるバルクの産業化の推進役に成れればと思います。《とコメントしている。

 超電導とNMRは古くからの良き関係だがバルクという新しい形態を得て、ますます発展してゆくのではないだろうか。                   

                               


図1  バルク装置概略図


図2  大きさの比較(左:従来の超電導磁石右:バルク高温超電導磁石)

   (藁蕊)