SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.15, No.1, Feburary. 2006

2. 超伝導バルクの新しい応用例*高輝度シンクロトロン放射光源の開発を目指して_理化学研究所・SRL・新日鐵_


 シンクロトロン放射とは高エネルギー電子が磁場中を運動するときに発生する光(電磁波)のことであり、さまざまな分野で研究手段として利用されている。特に最近では波長1オングストローム(10-10 m)近辺のX線がタンパク質構造解析の促進に大いに貢献しており、オングストローム領域におけるX線の輝度(明るさ)を増強することが重要となっている。このため各国の放射光施設では、アンジュレータと呼ばれる装置を積極的に導入している。

   アンジュレータとは図1に示されるように、周期的な磁場を(通常は希土類永久磁石により)発生する装置であり、各周期で曲げられた電子から発せられた光が干渉することにより、準単色(=波長が揃った)で指向性のよい(=広がりが小さい)、レーザ的な光が得られる。より高い輝度の光を得るためには、周期磁場の振幅を大きくする必要があるが、希土類永久磁石の発生する磁場には理論的な限界があり、従来の方式では到達できる輝度にも限界がある。このため、NbTiなどの超伝導コイルを利用した超伝導アンジュレータの開発が各国でなされているが、いまだに実用化には至っていない。その最大の要因は、最大で100 Wにもなる、超伝導コイル近傍を通過する高エネルギー電子ビームからの熱負荷であり、特にX線を短波長化するのに必要な周期長の短い(~10 mm)アンジュレータの場合にこの問題は顕著となる。

世界最大の放射光施設SPring-8 (兵庫県西播磨)で放射光科学を推進する理化学研究所・播磨研究所(理研)では、上記の事情を鑑み、高温超伝導体を利用したアンジュレータの開発を試みている。高温超伝導体は、液体ヘリウム温度より遙かに高い温度でも優れた磁場性能を有しているため、運転温度を高めに設定することができ、上記の熱負荷の問題が大幅に軽減される。理研では特に、バルク超伝導体を永久磁石として利用し、従来の超伝導アンジュレータを凌駕する磁場性能を達成することを目指している。

バルク超伝導永久磁石をアンジュレータに利用するためには、その場着磁の手法を確立することが重要である。理研ではこれまでに2つの手法を提案している。1つは、従来の希土類永久磁石列に取り付けられたリング状超伝導バルクを磁石列のギャップを開閉して着磁する方法(A)[1]、他方は一列に配置された超伝導バルクを一様外部磁場によって着磁する方法(B)[2]である。 尚、手法(B)では、超伝導バルクは同極性で着磁されるため、周期磁場に加わる磁場のオフセットを除去する必要がある。 これらの手法により達成できるアンジュレータの磁場をアンジュレータの周期長14 mm、ギャップ5 mmの場合について計算により求めたものを図2に示す。いずれの手法においても、従来の超伝導アンジュレータの磁場性能を上回るためには臨界電流密度105 A/cm2程度が必要なことがわかるが、これは現在の超伝導バルクを40~50 K程度に冷却することにより十分可能な値である。 上記2つの原理の検証実験がGdBaCuO系バルクを用いて行われた。手法(A)では図3に示すような磁石モジュールを用いて、超伝導バルクの有無による磁場の変化を測定し、磁場増強の効果が確認された。手法(B)では常伝導電磁石により、一様磁場を印加することによって着磁された3組の超伝導バルクによる磁場分布が、ホール素子により測定された。図4に結果を示す。3周期分の周期磁場が得られていること、並びに一様磁場を調節することにより磁場オフセットが除去できることがわかる。尚、手法(A)の検証実験を繰り返すうちに、電磁応力により発生したクラックにより超伝導バルクの磁場特性が劣化することが確認された。現在、バルクリングの磁場特性並びに機械特性の改善について新日鐵・SRLと協力してR&Dが進められている。

研究を行った理研の田中隆次研究員は、「超伝導コイルを利用したアンジュレータは磁場特性がすばらしいのですが、近傍に電子ビームや放射光といった熱源が存在する環境で利用されるため、どうしても熱負荷の問題につきあたります。このため、われわれは別の手法を模索していました。そんなとき、富田先生、村上先生のNature論文[3]が目にとまり、超伝導永久磁石の活用を試みてきました。実用化にはまだまだ解決すべき問題が山積みですが、今回、原理を実証することができたことで1つの段階をクリアできたと思っています。《とコメントしている。

                                       [1] T. Tanaka, T. Hara, H. Kitamura, R. Tsuru, T. Bizen, X. Marechal and T. Seike 2004, Phys. Rev. ST-AB 7 090704.

[2] T. Tanaka, R. Tsuru and H. Kitamura 2005, J. Synchrotron Rad. 12 422.

[3] M. Tomita and M. Murakami 2003, Nature 421 517.

                               


図1 アンジュレータ原理


図2 従来のアンジュレータと超伝導永久磁石を用いた新型アンジュレータの磁場性能比較


図3 手法(A)の実証実験に用いた磁石モジュール


図4 手法(B)の実証実験結果

 (ハマクマノミ)