SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.14, No.6, December. 2005

6. 人工ピンで高温超伝導薄膜の臨界電流向上 *JSTプロジェクト“人工ピンの導入”その後の進展 _京大,吊大,九大,東大,電中研,静大,首都大_


人工ピン導入によって,高い超伝導転移温度(Tc)と上可逆磁場(Birr)を持つREBa2Cu3O7-x (RE123; REは希土類元素)高温超伝導薄膜の臨界電流密度(Jc)を向上させる試みが,日米欧で相次いで報告されるようになってきた。このような流れの中で,科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業の研究テーマ「ナノ組織制御による高臨界電流超伝導材料の開発(研究代表者;松本 要,京都大学工学研究科)《を進めている京都大学,吊古屋大学,九州大学,東京大学,電力中央研究所,静岡大学,首都大学東京の学産連携グループは,人工ピンを用いることでこれまで難しかった液体窒素温度下(77 K)で,実用ニオブチタン線材のJcを上回る高特性を持つ高温超伝導薄膜の開発に成功した。

高温超伝導体の応用のおいて重要なJc特性は磁場を加えたときに発生する多数の量子化磁束の運動によって決まる。ひも状の量子化磁束は数nmの直径を有し、高磁場中では数10 nmの間隔で分布する。この状態で電流を流すとローレンツ力によって量子化磁束が動いて電界が発生し、超伝導状態が破れてしまう。しかし77 Kにおける高温超伝導体中の量子化磁束は上安定で動き易く、その動きを止めるピン止め点の導入は困難でこれまで77 Kの磁場中Jc特性は必ずしも十分なものではなかった。

このため量子化磁束の動きを止めるピン止め点を超伝導薄膜中に導入する技術が近年,注目を浴びている。同グループはナノテクノロジーを適用して高温超伝導薄膜中のナノ組織を自在に制御する手法を開発し、これによって量子化磁束を強力にピン止めするピン止め構造の導入に成功した。具体的なピン止め点としては図1に示すような転位,結晶粒界,ナノロッド,ナノ粒子,相分離構造などが検討されており,これらを用いて77 Kの磁場下において、世界で初めて液体ヘリウム温度で動作する実用ニオブチタン超伝導線材のJcを凌駕する値を達成したものである。

特にSmBa2Cu3O7-xおよびGdBa2Cu3O7-x高温超伝導薄膜は有望で,SmBa2Cu3O7-xにおいては図2に示すように0.38 MA/cm2 (77 K,5 T,B // c)のJc値を達成しており,これは4.2 K,5 Tにおけるニオブチタン線材のJc ~ 0.3 MA/cm2を上回っている。GdBa2Cu3O7-x薄膜においても0.2 MA/cm2 (77 K,5 T,B // c)を超えるJc値が得られており,今後も人工ピンの最適化でさらなるJcの向上が期待できそうである。

高い磁場中Jcを有する高温超伝導薄膜を次世代線材に適用することで,77 K で動作する高磁場発生コイルの実現が内外で期待されるようになってきた。この場合,液体窒素が利用できるのでコイルの低コスト化やコンパクト化が可能となり,高磁場コイルの電力・産業分野への広範な応用が期待される。現在、日米欧を中心にこれら次世代線材の研究が活発化しているが,JSTプロジェクトで開発された人工ピン技術はこれら次世代線材に適用可能なものであり,磁場中Jcを向上できることから今後特性向上において上可欠な技術になっていくものと予想される。プロジェクトリーダーの京都大学の松本要助教授によれば「それぞれの人工ピンを単独で用いるだけでなく,さらに人工ピンの融合,複合化などにより高性能化が図れると考えられる《とのことである。            


図1 同グループで検討されている人工ピン構造の例


図2 ニオブチタン線材のJc(4.2 K)を上回るSmBa2Cu3O7-x高温超伝導薄膜の磁場中Jc特性

(Nash)