SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.14, No.2, April. 2005

9. ヒト頚部脊髄磁場計測に世界で初めて成功
  _金沢工業大学、横河電機、東京医科歯科大学_


 「脊髄の障害部位を体表面から非侵襲的に診断したい《これは、脊髄の電気生理学的診断を研究する者、脊髄・脊椎整形外科医の間では長年の夢だった。しかし、これまでの脊髄誘発電位測定では、骨や髄液などの組織によって、電位分布がゆがめられるため、体表面からの障害部位診断は困難だった。また、MRIなどの画像診断装置では目で見てわかる形態的な脊髄障害は診断できても、神経が活動しているのか弱っているのかといった機能的な障害部位は診断できなかった。

金沢工業大学先端電子技術応用研究所と横河電機と東京医科歯科大学整形外科のグループは、この脊髄障害部位の非侵襲的診断という夢の実現に向けて、共同で研究に取り組んでいる。脳磁図などですでに臨床応用されている生体磁場計測の技術を適用すれば、非侵襲的に脊髄神経の活動を観測できるはずなのだ。そして、ついに昨年9月、SQUIDを用いた脊髄磁場計測装置を試作し、ヒトの頚部の脊髄の神経伝搬に伴って発せられる磁場の計測に世界で初めて成功した。

金沢工業大学先端電子技術応用研究所は、SQUIDを用いた磁場計測装置、とくに脳磁場計測装置に関する技術開発を基幹とした研究所で、これまで横河電機や米国MITなどと協力してきた。平成15年度には横河電機が当研究所の技術を受けて、世界最高の440チャンネルの脳磁計システムを東京大学に紊入している。SQUID磁場計測装置は、半導体製膜技術、低温技術、磁場遮蔽技術、信号処理技術などさまざまな技術が複合したシステムであり、すべての技術を備えた機関は国内には当研究所をおいてほかにない。

脊髄磁場計測装置は6年前、生体磁場計測装置開発のポテンシャルを持つ同研究所が東京医科歯科大学整形外科より依頼を受けて、動物実験などの予備実験をスタートさせたもの。以来、双方が工学技術と医療知見を持ちより、協力して開発を進めてきた。平成16年度より始まった文部科学省の知的クラスター創成事業の「石川ハイテク・センシング・クラスター《プロジェクトの一環としてSQUIDを利用したヒトの頸部に適用できる磁場計測システムを新たに開発。計測の成功に至った。

これまで脳や末梢神経の神経信号をSQUIDを用いて計測した例は多数あり、脳磁場計測に関しては、すでに計測装置が製品化され、一般病院への導入が始まっている。ところが、脊髄神経からの信号の計測例はほとんどなく、とくに頸部の脊髄神経からの磁場の計測はこれまで成功した例がなかった。脊髄は体の中心に位置し、体表面から遠いため、体外で観測できる磁場信号強度が10から数10フェムトテスラとひじょうに小さくなり、計測が難しかった。

金沢工業大学のグループはイスに座った患者の後ろから頚部にセンサを近づけられるというユニークな構造の液体ヘリウム容器を新たに開発。これにより計測中も患者が安定的に姿勢を保つことができ、体動を最小限に抑えることによって、SNの向上につながった。また頚部という限られた観測領域から最大限に磁場情報を取得できるように、磁場ベクトルの3方向の成分を同時に計測する3次元ベクトル差分型SQUID磁束センサを採用している。30個の低温SQUIDを装備しており、脊髄に沿って、同時に10点の磁場をベクトル的に計測できる。

世界初の計測は30代の健康な男性を被験者として行われた。胸髄に与えた0.2ミリ秒幅の電気パルス刺激に応じて伝搬する信号は、刺激後約4ミリ秒後に40−50フェムトテスラの磁場信号波形のピークとして頚部に現れた。磁場分布は実験動物を用いて行った予備実験の結果とよく一致しており、また伝搬速度も先行の電気生理学的研究と矛盾がなかった。

これまでの動物実験では、脊髄に搊傷があった場合、障害部位で磁場信号の伝搬速度や信号波形に異常が生じ、その部位を非侵襲的にミリオーダーの精度で特定できることがすでにわかっている。今後は臨床応用に向けて、ヒトを対象にデータの蓄積をはかる。

この技術が確立すれば、脊髄機能モニタリングがより簡単になり、脊髄搊傷診断のみならず、今まで原因の特定が難しかった脊髄障害による手足のしびれ、まひなどの原因解明にも道が開けると期待されている。


図1 脊髄磁場計測装置の外観
   

  (はくさんのいぬわし)