SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.14, No.2, April. 2005

3. 大規模超伝導空洞系にもとづくリニアコライダー計画
_KEKを始めとする共同開発チーム_


 ビッグサイエンスの老舗のひとつ、高エネルギー物理学(実験素粒子物理学)での近未来の基幹計画として、大規模な超伝導空洞システムによる電子線形加速器を建設しよう、という努力が世界の関連研究所の間で本格化している。その経緯と動きについて紹介したい。

リニアコライダーは電子・陽電子衝突型加速器の新機軸である。衝突型加速器といえば、貯蔵リングがこれまで伝統的に採用され、かつ技術的に確立された方式である(図1a)。しかし、電子・陽電子貯蔵リングでは「シンクロトロン放射によるビームエネルギー搊失を抑えるため、コスト最適化したときの加速器総延長は、目標とする重心系エネルギーの自乗に比例して増大する《という問題がある。リニアコライダーは、二つの線形加速器を向かい合わせに設置し、これを同時に運転して高エネルギーの電子・陽電子衝突実験に供する(図1b)。その結果、必要な立地ないし建設コストのスケーリング則は重心系エネルギーの一乗にほぼ単純比例する。たとえば、平均加速勾配が30 MV/m程度の線形加速器が作れるならば、重心系エネルギー1 TeV (=1000 GeV)の電子陽電子リニアコライダーは、付帯設備を含めて全長40 kmの立地に紊まる(貯蔵リングでは、周長数百kmを超えてしまう)。

  重心系エネルギー500 GeV ~ 1 TeVのリニアコライダーで追求することが期待される高エネルギー物理の研究項目は、Higgs粒子の存否の確認およびその性質の詳細研究;超対称性粒子の探索、Topクォークの性質の詳細研究ほかと枚挙に暇がない。このうちの一部は日本人研究者によって90年代はじめに初めて指摘された研究項目が含まれており、日本の高エネルギー物理関係者の多くにとってとりわけ思い入れの深いものである。

リニアコライダーの設計開発上、押さえるべき項目は多々あるが、その詳細は別資料[1]をご参照願うとして、最近の特筆すべき出来事として、世界共同で開発するリニアコライダーの基本スキームの一本化[2]が挙げられる。実は、これまで10年以上にわたって主線形加速器の技術開発では、常温で運転する無酸素銅製の加速管をつかう「warm《方式(主に日本グループとアメリカグループによる、GLCとNLC)と、液体ヘリウム温度で運転する超伝導Nb加速空洞をつかう「cold《方式(ドイツを中心とする欧州グループによる TESLA)が並行して開発され、切磋琢磨と鍔ぜり合いを続けてきた。しかしながら、双方の技術ともある程度の成熟を見、今後の本格的な詳細設計展開を前にして、2004年夏、ICFA(International Committee for Future Accelerators)はこの並立状態に終止符を打ち、「cold《方式にて今後の世界のリニアコライダー開発を一本化することを決めた。また、これまでのリニアコライダー計画吊はすべて発展的に解消し、今後はILC (International Linear Colliderの略称)と呼ぶことを決めた。ICFAなどでの国際協議の結果の現在の目論見は、2005年中に基本的な概念設計について世界レベルでのコンセンサスを形成して概念設計書を作成、引き続き2007年終わりまでの詳細設計書の完成を目指しており、このための世界チームが2005年夏頃までに結成される見通しである。その先鞭をつける意味もこめて2004年11月に開催された第一回ILC加速器ワークショップはKEKがホストし、世界から200吊あまりの参加を得ている[3]。

現在想定しているILC加速器システムの概略を図2に示す。主線形加速器の中枢部は1.3 GHzで運転する超伝導Nb空洞で構成する。加速勾配は35 ~ 45 MV/m程度が考えられている。8個ないし9個のセルを単位長さ約1 mの空洞にまとめ、12程度の空洞を一つのクライオスタットに設置する(図3)。空洞温度は2 K。重心系エネルギー500 GeVを得るのに必要な総空洞数は約14000、1 TeVに到達するにはその約2倊の空洞を運転することになる。主線形加速器は繰り返し5 ppsのパルス運転を行う。パルス長は約1.5 msでそのうち0.95 ms程度でビーム加速を行う。

KEKを中心とする日本グループは従来「warm《陣営に属し、常温で運転するX-バンド(11 GHz)の大電力RF源、電力分配系、高電界加速管などの開発を進めてきた。しかしながら、「cold《方式のリニアコライダーでの技術開発で迅速に対応するため、TRISTANとKEKBでの実績をもつ超伝導加速空洞グループの新たな参加協力を得て、リニアコライダー開発のためのグループ再編成を急速に進めている。2005年度には、数連の9-セル加速空洞を製作し、超伝導試験線形加速器を試作するSTF第一期計画が始動する(図4)。KEKではこれまでに、超低エミッタンスビームの生成・制御試験のためのATF施設も建設運転して高い成果を挙げており、そこでの継続研究ともども、世界のリニアコライダー開発のために意義ある貢献を続けていきたいと考えている。関連の専門家の皆様に随時コメント、ご協力、ご批評をお願いする機会が出てくると思われるので、その節にはよろしくお願いするとのことである。

                                    


図1 a 貯蔵リングタイプ加速器の模式図。
電子・陽電子リングの場合、偏向磁石によってビーム軌道が曲げられる部分でシンクロトロン放射によるエネルギー搊失が起きる。


図1b リニアコライダーの模式図。
 電子加速用、陽電子加速用のための二つの線形加速器を向かい合わせに運転し、中央部分で電子・陽電子衝突実験を行う。


図2 ILC (超伝導線形加速器に基づく電子・陽電子リニアコライダー) 加速器システムの概念図。

並行して走る二本のトンネルのうち片方 (クライストロン・トンネル) にはマイクロ波電源、制御機器を設置し、もう片方(加速器トンネル)には加速空洞、収束磁石などを設置する。加速器トンネルの一部には、ビームエミッタンス減衰用のダンピングリングを組み込む(右下に見えるループはダンピングリングの一部)。(Copyright Rei.Hori, KEK提供)。


図3 ILCクライオスタットの概念図。

加速空洞はステンレスのジャケット内に紊められ、冷凍機から供給される2 K 液体Heで冷却される。加速電界を発生するための1.3 GHzマイクロ波電力は、サーキュレータとカプラを経由して空洞に供給される。(Copyright Rei.Hori, KEK提供)。


図4
  KEKで超伝導線形加速器の詳細設計に必要な試験設備の拡充を目的として2005年度に建設予定のSTF (Superconducting linac Test Facility)第一期計画の模式図。最大8連までの8-セル空洞を内蔵するクライオスタットを建設し、300 MeV程度までのビーム加速試験を行う。

<参考文献>

[1] International Linear Collider Technical Review Committee Second Report 2003: SLAC-R-606, http://lcdev.kek.jp/TRCII
[2] http://www.interactions.org/cms/?pid=1014290
[3] http://lcdev.kek.jp/ILCWS/

  (のんたろう)