SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.14, No.2, April. 2005

12. 第3回新規磁気応用研究会報告
  


 低温工学協会第3回新規磁場応用に関する調査研究会が,(独)物質・材料研究機構の岡田秀彦博士を講師として開催され,岩手県地域結集型共同研究事業「生活・地域への磁気活用技術の開発《の成果について紹介した。地域結集型共同研究事業は、新技術・新産業の創造と地域COEの形成を目的として、 JSTと都道府県が共同で進める大型事業である。岩手県では平成11年10月~16年9月の5年間、「磁場で地場産業《をコンセプトとして、(財)いわて産業振興センターを中心に岩手大学、岩手医科大学、岩手県工業技術センター、超電導工学研究所、(独)物質・材料研究機構等の共同研究で同事業が行われた。岡田氏は、事業開始当初から地域結集主任研究員として磁気分離関係の研究を担当しており、今回は同事業終了に当たり、事業全体の成果を報告して頂いた。

事業の内容は、Aグループ「磁場活用技術の開発《、Bグループ「磁気計測技術の開発《およびCグループ「磁気活用要素技術の開発《と大きく3つに分かれている。事業終了時には3グループで16のテーマについて研究が進められていた。

 Aグループは、「①磁気応用分離《、「②有機分子集合体の構造制御技術《、「③バイオ応用技術《そして「④金属系材料構造制御《など、超電導マグネットを活用した技術開発および磁場効果の検証が行われた。

①では、最も注目されたテーマの一つである「地熱水・温泉水からのヒ素の除去《が行われた。葛根田地熱発電所で利用している地熱水には3 ppm以上のヒ素が含まれているため、熱源としての利用の際には、葛根田川の水を熱交換して使う必要がある。岡田氏らは、地熱水の直接利用を目指し、ヒ素をマグネタイトに化学的に吸着させ、超電導マグネットで分離・回収する実験を行なった。その結果、0.017 ppmまでヒ素を除去できることを確認した。これは、排出基準の0.1 ppmを大きくクリアし、環境基準の0.01 ppmにも近づいている。また、同研究を進める中で、表面処理したマグネタイトが環境ホルモン除去にも応用可能であることが明らかになった。この手法は環境ホルモンを分離した後のマグネタイトが再利用可能であるため、経済的・効率的なシステムを構築することができるとされる。

②では、磁気利用による有機薄膜の製造および結晶製造に関連して、4つの小テーマが実施された。トリアジンチオール薄膜を用いたアルミコンデンサの製作では、1.5μF / cm2以上の静電容量を実現した。また、有機トランジスタの開発では、p形ペンタセン有機TFTsの作製技術に関して、移動度μ~ 0.4 cm2 / Vsという最先端レベルにまで到達した。製造過程で磁場を印加することにより、有機薄膜を形成する分子を配向させることができ,電気的特性の優れたデバイスを製造できるという。また,結晶成長時に磁場を印加することで,高配向の結晶を製造することができることを確認している。現在、製薬関連の企業と共同研究を継続しているという。

 ③は食品加工・貯蔵技術の開発に関し、酵母等の発酵促進、殺菌、食品の凍結・解凍など幅広い研究が行なわれ、わかめの磁気中凍結が有効であることなどが確認された。また、酢にパルス磁場を印加すると風味が和らぐ、さらに、焼酎などの熟成が促進されるなどが報告されているそうだが、機構がはっきりしないため、今後の研究進展が望まれる。一方、高磁場環境下での生体リスク評価では、静磁場は人体に影響しないこと、パルス磁場では細胞分裂時に影響を及ぼす可能性があることが指摘された。

 ④は自動車のマフラー等に用いられる耐圧ばねの組織制御に関する研究である。600~700°Cの高温域で磁場を印加しながらばねを加工することで、強度や耐熱性が向上するという。

 Bグループでは「①心磁計の開発《、「②産業用SQUID装置の開発《および「③産業用MRIを用いた鮭の雌雄判別《が行われた。

 ①は64チャンネルの低温超電導SQUIDセンサーを用いて、心筋から発生する微弱信号を検出し、心筋梗塞や狭心症などの心疾患を診断するものである。ハードは日立製と同等だが、解析ソフトウェアは、電流密度分布の経時変化を三次元で表示することが可能であるため、医師が容易に病状の判定を行うことができる。同装置は岩手医大に移設され、現在もさまざまな試験が行われている。

②では、製品・部品の非破壊検査に応用することを目的とし、レーザーSQUID顕微鏡およびモバイル型SQUID装置を開発した。前者は紫外線レーザーを検査対象物に照射して電子を励起し、接合や粒界を越えて流れる電流をSQUIDで計測する装置であり、半導体ウェハの非接触検査などへの応用が検討されている。後者は高温超電導SQUIDを用いたもので、ノイズ環境下でも利用可能である。さらに鋸波励起法を開発し、深さ方向の欠陥なども検知できるようになっているという。

③は事業開始当初から注目を集めたテーマである。沖合で水揚げされる鮭は雌雄の判別が難しく、熟練した技術を必要とする。そこで産業用MRIを用いて鮭の断面を調べ、自動で選別する装置開発を目的としている。0.2 Tの永久磁石を用いたMRIで鮭の断面を見ると、メスはお腹に卵があるため油分が多く、黒っぽく映る。二次元の断面画像の表示には1匹4秒かかるが、一次元プロファイルでは1匹1秒での判別が可能になった。

 Cグループは高温酸化物超電導バルク体の利用技術の開発として、「①バルク材の磁化システム・磁場形成システムの開発《および「②バルク材の材料評価《を行った。①では単極型、対向型に加えて、マルチ型バルク磁石を開発し、広範囲に強磁場を発生することを可能にした。平成13年には、対向型バルク磁石で開空間に3.15 Tを発生させる当時の世界記録を達成した。また、バルク磁石の応用に関して、磁気分離や食品への磁場印加実験等を行った。②では高磁場中でバルク体の熱物性を測定する装置を開発し、熱容量や比熱などの測定を可能にした。また、機械的特性では、極低温硬さ計、各種弾性係数および強度特性の評価装置を作製して評価法を確立した。同グループが測定した熱的特性および機械的特性は、データベースとして「http://www.pref.iwate.jp/~hp1021/kesshu/bulkdatabase/bulkdatabase.html《で公開されている。

 同事業は平成16年10月からは第3フェーズとなり、今までの研究成果を広く公開するとともに、新技術や新産業の創出に向けて地域での活動が始まっている。現在、岩手大学に磁場利用センターが設置され、10 Tおよび5 T超電導マグネットがそれぞれ2台と1台運用されている。また、バルク磁石は一関高専に移設されているという。今後は、岩手大学等が中心となり、「磁場で地場産業《を実現するとともに、世界の磁場産業が広く普及することを期待する。

  (物質・材料研究機構:横山和哉)