今回、報告された薄膜は、パルスレーザ蒸着法(PLD法)を用いてSrTiO3基板上に作製されたErBa2Cu3O7-δにBaZrO3が数%添加された膜で、山形大学の向田昌志教授によれば「添加絶縁物の入っていないピュアなErBa2Cu3O7-δ膜の表面抵抗に比べて、BaZrO3をErBa2Cu3O7-δターゲットに数%添加するだけで他の条件を変えることなく簡単に表面抵抗を低減できる《とのことである。図1中で、☐は添加絶縁物の入っていないピュアなErBa2Cu3O7-膜の表面抵抗、△はドイツTHEVA社のYBa2Cu3O7-δ膜の表面抵抗、●がErBa2Cu3O7-δにBaZrO3が1.5 wt%添付されたターゲットを用いて作製した膜の表面抵抗である。若干BaZrO3を添加すると、Tcが低下するが、たとえば、40 Kにおける38 GHzでの表面抵抗を比べると、BaZrO3が数%添付されたErBa2Cu3O7-δ膜に対して、人工ピンニングセンターの入っていないピュアな、最適化されたErBa2Cu3O7-δ膜の表面抵抗でも1.6倊と非常に大きかったこととなる。また今回は、SrTiO3基板を用いた結果を示しているが、マイクロ波デバイス用基板であるMgO上でも低い表面抵抗が得られているとのことである。また、ErBa2Cu3O7-δを選んで膜を作製している理由としては、RE123超伝導体は大きな酸素上定比性を持ち、それが導電面であるCuO2面のキャリヤを制御しているため、RE123超伝導体への酸素導入が重要であることは知られているが、他のRE123超伝導体に比べて高い、500℃付近に最適酸素中アニール温度のあるErBa2Cu3O7-δ膜は酸素を取り込みやすく、作製・酸素量制御が容易であるという東京大学の下山淳一助教授の報告があったため、RE123超伝導体の中でもErBa2Cu3O7-δを選択しているそうである。
静岡大学の喜多隆介教授によれば、山形大学には第一段階として0.5~1.5%BaZrO3微粉末添加ErBa2Cu3O7-δターゲットを、第二段階として2~3%添加のターゲットを送ってあるので、人工ピンニングセンター導入量依存性が今後詳しく調べられるであろうとのことである。また、BaZrO3以外にも、人工ピンニングセンターとして有望な材料をいくつか検討中とのことである。電力中央研究所の一瀬中主任研究員によれば、山形大学のBaZrO3が数%添付されたErBa2Cu3O7-δ膜の断面TEM像を観察したところ、BaZrO3が添加されていない膜に比べて、膜内部に無数の筋状の欠陥が観察されたとのことである (図2) 。これがBaZrO3そのものなのか、BaZrO3によって誘起された結晶欠陥なのかを詳細に調べているところである。特に注目すべきは、この欠陥がErBa2Cu3O7-δ膜のCuO2面に垂直に(ErBa2Cu3O7-のc軸に沿って)成長している点で、c軸方向に磁場が加わったときに有効なピンとなるとコメントしている。また、この欠陥以外は、ピュアなErBa2Cu3O7-δ膜同様、高い結晶性を示しているとのことであった。
☐は添加絶縁物の入っていないピュアなErBa2Cu3O7-δ膜の表面抵抗、
△はドイツTHEVA社のYBa2Cu3O7-δ膜の表面抵抗、●がErBa2Cu3O7-δ
にBaZrO3が1.5 wt%添加されたターゲットを用いて作製した膜の表面抵抗である。
図2 ErBa2Cu3O7-δにBaZrO3が1.5wt%添付されたターゲットを用いて作製した膜の断面透過電子顕微鏡観察像。
CuO2面に垂直にBaZrO3に起因する筋状の模様が観察される。この筋状の領域の解析が現在行われている。
図3 添加絶縁物の入っていないピュアなErBa2Cu3O7-δ膜の結晶粒界付近の断面透過電子顕微鏡観察像
(森の里)