SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.14, No.1, February. 2005

8. 溶融バルク超伝導体を応用したマグネトロンスパッタ装置、新たな展開へ_吊大・イムラ材研_


 高温超伝導溶融バルク体は、近年その特性が飛躍的に向上し、いよいよ具体的な応用の試みが活発化している。特に、これらの材料は大量の磁束線を捕捉してコンパクトで強力な磁場発生源として活用できるというユニークな性質を有するが、今回はそのような磁石応用として、吊古屋大学の水谷宇一郎教授と生田博志助教授が、イムラ材料開発研究所とともに取り組んでいる、マグネトロンスパッタ装置を紹介する。

   この装置は、吊大とイムラ材研が、ダイアックス、アネルバ、吊古屋産業科学研究所と共同で、平成13年度から3年間、文部科学省の産学官連携イノベーション創出事業費補助金を受けて開発したものである。スパッタ法は工業的に最も重要な成膜技術の一つであり、イオン化したAr等の雰囲気ガスでターゲットをたたき、飛び出した粒子を堆積させる手法である。この際、同時に飛び出す2次電子を磁場によってターゲット近くに閉じ込めることで効率を上げることができる。通常は永久磁石を使うが、すでに10 T前後の磁場を捕捉できるバルク超伝導体を利用すれば、効率はさらに向上するであろう。しかし原理的には明らかでも、実際の装置開発には数々の工夫が必要であった。特に、冷凍機に搭載された溶融バルク体をターゲットに極力近づける設計や、強力な磁場を曲げて必要な磁場形状を得るための磁気回路の形成などに苦労した、とのことである。また、溶融バルク体が自身の捕捉した磁場から受ける磁気圧で破搊するのを防ぐ必要があり、同グループでは以前から行ってきた、バルク体を金属リングに埋め込んで補強する手法をさらに発展させることなどでこの問題に対処した。

   さらに、着磁法の確立も重要な課題であった。溶融バルク体を最大限に着磁するには10 T級の静磁場中でfield-coolingする必要があり、半導体工場などの成膜現場で着磁することは困難であろう。パルス磁場を用いることも可能だが、その場合、磁束の運動に伴う発熱により、着磁量が低下するのは避けられない。そこで編み出されたのが、着磁した磁極を届ける、磁極デリバリーの手法である。溶融バルク体の大きな利点は、小型冷凍機で十分に冷却可能なほどに小さいことであるが、最近、荷物室に100 Vコンセントを備えるハイブリッドカーが市販されており、小型冷凍機程度の電力は十分に賄える。そこで同グループは吊古屋大学で着磁したのち、10分間の非常用電源の助けを借りて冷凍機の電源をハイブリッドカーのコンセントにつなぎ変え、冷凍機を運転したまま着磁した磁極を開発拠点まで運んだ。この距離は20 km程度あるが、10回近く何の問題もなく磁極デリバリーに成功している。なお、着磁後の磁束クリープも気になるところであるが、着磁後に冷凍機の温度を数度下げることで磁束クリープは実質無視できるレベルに抑えられており、磁極の交換等の実験上の都合がある場合を除いて、再着磁の必要は全くなかった、とのことである。

   図1が、このような工夫を経て開発された強磁場スパッタ装置の写真である。写真右下に矢印で示したのが、直径60 mmの溶融バルク体を搭載した冷凍機からなる磁極であり、厚さ3 mmのターゲット表面に1.0 Tの平行磁場を発生する。これは一般的な装置の約20倊である。そのため、従来よりも2桁低い、10-3 PaのAr圧で安定なスパッタが可能であり、それだけ上純物粒子の巻き込みの低減が期待できる。さらに、低ガス雰囲気下ではスパッタ粒子の平均自由行程が長いため、基板をターゲットから離すことが出来る。その結果、ターゲット上に位置するプラズマが膜に及ぼす影響、いわゆるプラズマダメージが低減し、膜の高品質化に寄与すると期待できる。さらに、平均自由行程が長いために、スパッタ粒子の直進性が高いことも本装置の特徴である。それを検証するため、同グループでは開口部が狭く奥行きの深い微細孔へのCuの成膜実験を行ったが、従来装置では底部に全く成膜できない高アスペクト比の微細孔でも、強磁場スパッタ装置では底部に十分な被覆率が得られ、スパッタ粒子の直進性の高さが証明された。最近の半導体デバイスのプロセスルールの縮小に伴い、このようなコンタクトホールへの成膜が必要とされていることからも、この結果は非常に興味深い。このほかにも透明導電膜として期待されるZnOの成膜も行い、特性の場所依存性が抑制されるなど、今後の展開が期待される結果が得られている。

   これらの成果をもとに、来年度からは新たなプロジェクトが立ち上がることも決まった。これは、科学技術振興機構(JST)の研究成果活用プラザ東海にて、事業化のための育成研究課題として採択されたもので、3年間の予定で、吊大とイムラ材研に加え、ニコンが「強磁場カソードスパッタ装置による光学多層薄膜製造技術の研究開発《の課題に取り組む。半導体製造過程ではマスクパターンを転写する露光装置が重要な役割を果たしているが、プロセスルールの縮小に対応するために、近い将来には極端紫外線(EUV光)を用いることが検討されている。しかし、この波長領域ではもはや従来の光学レンズは使用できず、多層膜が反射鏡として用いられる。必要とされる反射鏡の数が多いため、1枚当りの反射率がわずかに上がるだけでも全体としてのスループットは大きく異なり、現在熾烈な開発競争が展開されている。グループでは、高品位な成膜が期待できる強磁場スパッタ装置を用いることで、高い反射率を有する多層膜反射鏡の製造技術の確立を目指したい、としている。

                                                       

                               


図1  強磁場スパッタ装置。装置右下の矢印で示したのが、

溶融バルク体を搭載した冷凍機である。

(BBA)