SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.14, No.1, February. 2005

3. BESS-Polar南極周回超伝導スペクトロメータによる宇宙線観測実験_KEK、NASA、東大、神戸大、宇宙研、メリーランド大_


 宇宙初期における素粒子現象の探索を目的として進められている超伝導スペクトロメータによる宇宙線観測実験(BESS-Polar)は、昨年12月13日に南極マクマード米国基地近くのウイリアムズフィールドより、大型観測気球を用いた気球搭載型超伝導スペクトロメータの南極周回軌道への打ち上げに成功した(図1)。粒子透過性能に優れる薄肉超伝導ソレノイド磁石をコアとした宇宙線観測機器は、飛翔高度37~39 kmの高度を保ちつつ南緯80~85度の南極周回軌道に沿って200時間を越える宇宙線観測に成功した(図2)。観測された宇宙線は約9億イベント、ハードディスクに保存された観測データは2テラバイトに達した。

 超伝導スペクトロメータによる宇宙線観測実験 (BESS: Balloon-borne Experiment with a Superconducting Spectrometer)は、低エネルギー宇宙線反陽子の精密測定と宇宙起源反物質の探索を観測テーマとしている。超伝導磁石による強力な磁場で、宇宙線粒子を電荷極性に従って振り分けてから質量測定を行う明確な方法で観測し、宇宙初期に生成された原始ブラックホールの蒸発等を起源とする反陽子等を探索している。一方、宇宙における物質、反物質の非対称性は、素粒子、宇宙論の根幹を関わる謎である。宇宙初期の素粒子反応におけるCP対称性の破れによって生じた可能性が指摘されているが、その詳細は上明である。理論によって、我々の銀河から遠く離れた反物質領域の存在を予言する説もあり、その直接的検証には宇宙から飛来する宇宙線中に含まれるかもしれない反物質を探索するほかない。

 これらの微量の反陽子、反物質を観測するには、大気の影響を受けない高空もしくは宇宙空間で、長時間観測する必要がある。また低エネルギー宇宙線の観測は、地磁気の向きが、宇宙線荷電粒子の侵入を妨げにくい、高緯度、極点近傍であることが大切である。南極での観測は、南極点近傍の周回気球飛翔によって約10日の連続観測が実現できることから、低エネルギー反粒子反物質探索実験には理想的な環境となる。また、高緯度地域に留まることができる気球による南極周回実験は、コンパクトで機動性に富む極めてユニークな科学観測の場を提供できる。そして永久電流モードによる超伝導磁石による強力な磁場空間が、宇宙空間における荷電粒子観測の実験技術の鍵を握る。そして超伝導技術の特質を最大限に生かした宇宙観測実験である。南極での周回観測を目指すことから、BESS-Polar実験と呼ばれている。

 私たちは、BESS-Polar実験の準備を2001年から進めてきた。低エネルギーの宇宙線観測を効率よく実施し、かつ南極での長時間飛翔を実現するために、粒子透過性能が高く非常にコンパクトな観測器が必要となった。そこで超薄肉超伝導磁石(図3)、粒子検出器、太陽光発電システムを含む気球搭載型超伝導スペクトロメータを開発した。特に、超伝導電磁石の開発は、高エネルギー物理実験の分野で発展した、高強度アルミ安定化超伝導線による薄肉超伝導磁石技術を駆使し、僅か3 mmの厚さのコイルにより、0.8~1 Tの磁場を発生する。表面にはりつけられたアルミストリップを通した伝導のみより冷却され、永久電流による磁場を保持する。2003年の秋には超伝導電磁石システムが完成し、技術飛翔試験に成功、2004年8月には宇宙線粒子観測器の開発を完了した。

昨年10月末に南極入りし、米国マクマード基地近くのウイリアムズフィールド(海氷上)にて観測器の打ち上げ準備を開始した。大型テント内での準備中に夜間空調が故障し零下16度まで冷え込むハプニングや、吹雪等の厳しい自然環境も乗り越えながら、測定器の準備はほぼ順調に進み、12月3日に観測準備が整った。

  約10日間の天候待ちの後12月13日に、快晴、地上風速約5ノットの好条件のもと、気球の打ち上げに成功した。打ち上げ時のショックにも、超伝導電磁石は永久電流による磁場を保ち、高度の上昇とともに無事観測を開始することができた。測定器は高度37~39 kmを安定して西方に浮遊し、周回してロス棚氷に戻るまで8日間17時間にわたり飛翔を続け、超伝導磁石および観測器は安定に動作し、宇宙線観測を継続できた(図4)。無線コマンドにより気球から切り離された測定器はパラシュートにより緩降下し、マクマード基地より約870 km南東の棚氷上に無事に着地した。その後、着地地点より200 kmほど離れたところに設置されたキャンプ地をベースに1週間にわたる氷原上での超伝導磁石、観測器の分解作業を経て、全ての観測器要素を回収することができた。現在データ解析が進められており、今年中の科学観測成果の発表を目標としている。

BESS気球実験におけるアルミ安定化超伝導磁石の開発には、東芝、日立電線、古河電工の各社にご協力を頂いたことを申し添える。                    

                               


図1 1BESS-Polar超伝導スペクトロメータの南極での気球打ち上げ


図2 BESS-Polar南極周回気球実験飛翔経路


図3 BESS-Pola薄肉超伝導ソレノイド電磁石


図4 飛行中の観測イベント

(秋)