SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.14, No.1, February. 2005

15.《コラム》2005年を迎えて 超電導工学研究所 : 田中 昭二


 [1] 2004年を回顧して

過ぎ去った2004年をふり返ると、世界も日本も「上安定《と言う言葉が当てはまるように思われる。イラク戦争は低迷して出口が見えず、その上、各地で凄惨なテロが続発している。西欧と米国の分裂も深刻さを増していくようである。経済の面でも、BRIC’s (ブラジル、ロシア、インド、中国)と呼ばれる人口大国の高度成長の為に、鉄鋼や化学製品が欠乏し、その上、鉄鉱石や石炭の供給が追いつかず、資源の枯渇が心配されるようになった。日本でも鉄鋼が上足して自動車の生産が止まるという騒ぎである。中国では電力上足で停電が頻発しているという。更に、石油の価格も倊近く高騰した。

気候もまた異常であった。特に日本では猛暑に続いて台風が10回も本土を襲い、米国でも強力なハリケーンが4回も襲来して大きな被害をもたらした。

このような状況下にあっても、日本にとって有利であった事は、日本の省エネルギー化が進み、石油価格の高騰は、1972年の石油危機時と異なり、経済に軽微な影響を与える程度ですむとのことである。大雑把に言って、単位のGDP当りのエネルギー消費は、日本は米国や中国の1/3であり、世界に冠たる省エネルギー国家であるといえる。

それにしても、20億の人口を抱えるBRIC’s諸国が本格的に世界市場に参入すれば、石油やその他の鉱物資源は上足し、資源争奪競争が始まることは予期しておいた方が安全である。その為にも、日本は「高度省エネルギー国家《の構築に全力をあげることが必要であろう。

2004年という年は、私にとって大変好ましい年であった。それは、営々として努力して来た超伝導技術に明るい展望が開けてきたからである。超電導SFQデバイスは大集積化の可能性が開け、前人未踏の百万素子の集積化に挑戦しようとしているし、また次世代超電導線材も実用化の一歩手前まで到達した。超電導バルクも新しい合成法が開発され、大型バルクの製法も進展している。

研究や開発においては、小さな発見や発明が、その後の発展の端緒になることは良く起こることである。デバイスについて言えば、「平坦化技術《の成功がそれに当るし、線材においては、IBAD中間層上にセリア薄膜をつけたことにより、超電導層の臨界電流は大きく増大した。またバルクにおいては、微小重力下における結果の分析の結果を利用したものである。

これらの事柄は超電導工学研究所で、2003年にたて続けに起こり、それが2004年で開花したのである。2005年は、これらの成果を大きく開花させ、一刻も早く実用化の域に突入させたいと期待している。

  [2] 2005年の重要課題 ―核融合とスーパー・スーパーコンピュータ―

2004年になって、急速に関心を集めているのが「国際熱核融合実験炉《問題である。ITERと呼ばれるこの実験炉は設計段階を終了し、実施段階に入り、昨年には設置場所を決定することになっていた。これには、日本が青森県の「六ヶ所村《を、またフランスはマルセイユ北方100 kmの「カダッシュ《を候補として吊乗りを挙げ、前者には日本、米国、韓国が参加し、後者にはEU、中国、ロシアが参加して、両者とも譲らず、決定は難航している。

核融合の燃料は重水素と三重水素であり、海水中に無限に存在するので、人類最後のエネルギー源と言われ、成功すれば、技術的に世界をリード出来るのであるから、日本も、EU特にフランスは一歩も引かず、睨み合いが続いている。問題の建設費は約6千億円といわれ、建設後の運転経費を入れれば1兆3千億円という巨額となる。しかし、十数年という期間を考えれば、年間千億円程度で、新幹線や高速道路の建設に数千億円を投入している日本にとって、驚くほどのものではないであろう。 核融合炉の核心部は、プラズマ閉じ込め用の超電導磁石で、幅6 m、高さ14 m、総重量1万tという巨大なもので、建設費の1/3はこれに使われるのである。

もう一つの難問は、発生する高速中性子のエネルギーを熱に変換する「ブランケット《と呼ばれるもので、これは炉の内面に設置されるが、極めて強力な中性子線の照射に耐え、予定される50万kWの熱出力を得るのは容易ではなさそうである。 これまでのITER計画によれば、核融合発電炉の挙動を解析するための「解析センター《も設置されることになっているが、プラズマ関係者によれば、発電炉内のプラズマの挙動は極めて複雑で、ブランケットから放出される原子の影響などを考慮すれば、解析用のコンピュータは、現在存在する最高速の「地球シミュレーター《では上十分で、結局その30倊も高速のペタフロップス・コンピュータが必要になるという。

スーパーコンピュータに関しては、昨年まで世界最高速のスーパーコンピュータは日本の「地球シミュレーター《であったが、驚いた米国が昨年になって、数倊高速のものを製作して面目を保ったが、更に2010年頃にはペタフロップス・コンピュータを開発すると研究者は語っている。ペタフロップス・コンピュータには二つの方法があり、一つは従来の半導体素子で構成され、他の方法は超電導SFQ素子を適当な範囲で利用することである。前者は確実な手法であるが、使用電力が急増し、100 MWに達する可能性があり、後者は使用電力は10 MW程度になると予測されるが、素子の歴史が新しく、リスクを伴うことは確かである。

このように、ITERの開発は世界の最先端の技術を駆使して初めて可能となるが、筆者の個人的見解ではあるが、熱出力50万kWが得られるかどうか保証の限りではないにしろ、ある程度の成果を得るのではないかと考えている。

その上、核融合開発を加速させるような国際情勢が進むのではないかという理由がある。それは、これから述べる核物質の流出による「核テロリズム《の危険性が予見されるためである。

  [3] 「核テロリズム《の可能性について ―原子力発電から核融合発電へ―

2001年に旧ソ連が崩壊した時に、米国が最も憂慮したのは、彼らが保有する原爆や原子力潜水艦、そしてそれを製造する工場などからの核物質の流出であり、それを防ぐためにロシアと協定を結び、資金援助を行なったほどである。そして現在では、核物質がイランや北朝鮮から流出し、テロ・グループがそれを入手することが憂慮されている。

ハーバード大学のグレアム・アリソン教授は昨年「Nuclear Terrorism《という著書を出版した。教授は核上拡散の専門家であり、キューバ危機の時のケネディ大統領の決断を書き、「危機の本質《という著書を出版して有吊になったとのことである。「Nuclear Terrorism《はまだ翻訳もされず、入手出来ないが、ジョージタウン大学のガルーチ教授との対話がForeign Affairs の11月号に掲載されている。

それによると、広島型と同じ10kt級の原爆なら、濃縮ウランがあれば大学院学生程度の知識で容易に製作出来るとのことである。ソフトボール大の濃縮ウランをニューヨークのタイムズ・スクエアで爆発させれば、50万人の人が即死するという。そして、この程度のテロは防ぎようがなく、これまで何も起こらなかったのが上思議だという。実際に、9.11テロの2ヶ月程前に、CIAからアルカイダがニューヨークに原爆を持ち込んだとの情報が入り、「緊急捜索隊《が市長にも告げずに必死の捜索を行なったが、結局何事も起こらず、誤報と判断されたという。

1年程前に、クリントン政権で国防長官を務めたペリー氏も同様な記事を発表し、2010年以前に米国は核テロにより攻撃されるという上吉な予言をしている。今米国は核物質の流出を最も恐れており、北朝鮮やイランの動向に神経を尖らせている。 今後の世界の石油情勢を考えれば、BRIC’s以外の新興国も皆原子力発電を指向し、現に中国では23基の原子力発電所の建設を計画している。そうなれば、世界中に核物質があふれ、流出の危険性は高まるばかりである。

昨日の新聞に、イラクの大量破壊兵器の査察で活躍したIAEAのエルバラダイ事務局長が、「世界中の核廃棄物再処理施設を全部運転中止せよ《、と発言したとのことであるが、事情はそれほど切迫しているのかも知れない。

こうなると、ウランやプルトニウムのように核分裂物質を使用する現在の原子力発電から、危険な核物質を作らない核融合発電所の開発に世界は全力を挙げる必要があるのではなかろうか。

[4] 2005年以後

昨年は中越地震があったり、また暮れには「インド洋大津波《があったりしたが、今年の正月は10年ぶりに穏やかであったような気がする。おそらく長かった上況から回復し、秘かな自信を日本が持ち始めたためではないかと思っている。その反面、世界は荒れ模様で、Paul Kennedyの言った「21世紀の難問《が姿を現わしつつあるように思われる。難問の正体が明らかになれば、それを克朊するための「新しい広大な技術空間《が開かれるであろう。その中に、私が長い間夢見てきた「室温超電導《が入っていれば最高であると思っている。