SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.13, No.6, December. 2004

9. 新磁気科学研究会 報告


 フランス国立科学研究センター 先進技術創出研究機構(Centre National de la Recherche Scientifique, Consortium de Recherches pour l'Émergence de Technologies Avancées, CNRS-CRETA)所長のEric Beaugnon氏の講演会が、先ごろ、低温工学協会 新規磁場応用に関する調査研究会と電気学会「磁気力による物質の流動制御応用技術《調査専門委員会の共催で行われた。Beaugnon氏は水の磁気浮上を最初に報告したことで非常に有吊で、日本での在住経験もあり、大変な親日家として知られる。今回は、日本鉄鋼協会の国際シンポジウム(秋田)と、日仏セミナー(京都)参加のため来日されたので、東京での講演の機会を設けるべく、本研究会が企画された。事前に、フランクに議論する場であるということを伝えておいたことから、この講演では、すでに解明され、確立されたものを述べるのではなく、現在、Beaugnon氏が興味を持っているが、まだ理解し切れていない現象の現状についても紹介し、議論したいという趣旨が冒頭で説明された。講演は、3つの話題から構成されていた。以下、その概要を紹介したい。

 最初の話題は、CoB系で、固体内において拡散が起きる状況下での磁場影響についてであった。Coはキュリー点が高く、いくつかの合金系においては共晶組成が存在し、比較的低い融点を持つ。キュリー点と近いことから、過冷却状態から凝固が始まった場合、固相では、強磁性に起因する相互作用が期待できるなど、興味深い系であると思われる。実験に用いる試料は、はじめ、コールドクルーシブルを使って急冷して作られる。試料の大きさは6 mm×10 mmである。これを、最大18.5 T印加可能な超伝導磁石中で、1100°Cまで昇温可能な抵抗加熱の電気炉を用い、1000°Cにおいて3日間、0、7、16 Tの条件下でアニールした後、組織観察を行なった。熱処理前は、急冷されているため微細な組織が得られ、サブミクロンオーダーのラメラ構造が見られるが、熱処理後は、析出したCoドメインの成長が起こり、1~10m程度の回転楕円体形状の粒となった。磁場は重力と平行な方向に印加されているが、磁場方向に平行に切断した断面を見ると、回転楕円体粒の長軸方向の分布に磁場影響が見られたため、数千の回転楕円体粒について、長軸の方向を調べた。0 Tの場合も、初期の凝固が試料の径方向外側から進行する影響が残っているようで、長軸の向きの分布が、水平方向に偏る傾向が見られる。これに対して、7、16 Tと磁場を強くするに従い、磁場と平行な垂直方向に長軸が揃う。この結果をBeaugnon氏は、磁場が物質の固体内での拡散に影響を与えていると考え、そのメカニズムを考察した。第1の仮説は、反磁場によって、Coドメインが磁場の方向に歪むというものである。反磁場の影響を避け、回転楕円体形状になると、表面エネルギーが増大することを意味しており、これら2要素の競合により、ドメインの形状が決定される。エネルギーミニマムを与える長軸と短軸の比を計算すると、2以上となるため、確かに、磁場方向への伸長が説明できるが、この効果は低磁場で飽和してしまうと考えられ、実験で見られたような磁場強度の増大による配向の進展は説明できない。第2の仮説では、磁気トルクが考慮された。3日間のアニールを実施しているので、拡散によりドメインが回転しても良いと考えられるが、この効果もやはり飽和するため、実験事実を説明できない。すなわち、この現象を説明するためには、高磁場でも飽和しない、何か別の機構を見つけなければならない。そこで、第三の仮説として、ドメイン周囲の常磁性成分に注目した。オストワルト成長を考えると、大きな粒はアニールにおいて成長し、小さな粒は溶解または吸収されて消失する。この際の、ギブス・トムソン効果によるCoイオンの拡散流と磁気力のつりあいを考える。粒の先端における曲率半径が小さければ、ギブス・トムソン効果が勝ち、大きければ磁場が勝つと考えられ、磁場印加により、先端の曲率半径が2 m程度であればドメインが生き残るはずだという。先端の曲率を保ちながら、粒成長が起これば、結果として、磁場に沿った方向に伸長した回転楕円体形状のドメインが得られると考えられ、この効果は磁場に対して飽和しないはずで、この現象を説明できる可能性がある。現段階では、機構が解明できたといえるところまでは到達していないが、今後、さらなる実験に加え、拡散係数の測定や、より単純な系であるCoCuを用いた実験も実施するほか、拡散に対する磁場影響のモンテカルロシミュレーションを行うことで、検証してゆきたいということであった。

第2の話題は、磁気力を利用した試料の熱処理過程における磁気的性質変化のその場測定に関する紹介だった。超伝導磁石上方の十分離れた位置に電子天秤を設置し、これと、ボア内の加熱装置中の試料容器とを機械的に接続する。試料容器は、強磁性・常磁性の試料が径方向でボア軸上に位置し、下向きに磁気力が作用するよう、磁場中心より上方で、径方向外側に向かって磁場が減衰する位置に設置される。実験には8 T*120 mmの超伝導磁石を用いるが、試料位置での最大磁場強度は3 T程度である。試料には、その磁化率に応じた磁気力が下向きに作用するので、その力の大きさを電子天秤で計測することで磁化率の計測が可能になる。試料の状態変化に伴い、磁化率が変化する様子も捉えられる。今回は、CoSnの熱処理過程での磁気力変化のリアルタイム計測が紹介された。加熱装置には、1700°Cまで昇温可能な高周波加熱炉を用いた。測定結果からは、どこで溶融や凝固が起こっているのか、を知ることができる。いくつかの磁場でCoSnの凝固を実施したところ、凝固のオンセットが変わる現象が見られた。0 Tでは1051°Cだったものが、磁場上昇に伴い、3 Tでは1100°Cとなった。この機構については、融液は常磁性であるのに対し、過冷却状態から生成する固相は強磁性であるため、温度変化に伴う両相のエネルギー変化の関係が、磁場影響を受け、強磁性相がより高温でも生成しやすくなるためではないかと考えられるという。また、組織に目を向けると、Coの球状ドメインが磁場に沿う形で連なる様子が見られた。これは、Co粒子間の磁気モーメント間相互作用によるものではないかと考えているという。

第3の話題は、磁気浮上に関連したビデオの紹介であった。前出の18.5 T超伝導磁石を用いれば、水などの反磁性物質の磁気浮上が実現する。ムカデや水の浮上のほか、エタノール液滴が多数浮上した際、液滴同士が衝突しても、簡単には結合が起こらず、何度も接触が起こる現象などの現象が紹介された。エタノール液滴の効果に関しては、いくつかの機構を検討しているものの、未解明と考えているという。

今後は、磁場下での凝固についてさらに追求してゆきたいという。加熱条件、過冷却現象、磁場配向効果、拡散など、材料プロセスにおいて磁場の作用を研究するにあたり、まだ多くの可能性があるので、これらの中に新規な効果が潜んでいないかを研究したいということであった。講演からは、Beaugnon氏の、「考えることの楽しみ《が伝わってきて、大変、引き込まれるものであった。Beaugnon氏自身が所長となったことで、いわゆる磁気科学研究が、今後、彼の研究所において強化されてゆくことになるという。今後の動向に注目したい。                                          

          

                   

                               

(物質・材料研究機構 廣田 憲之)