SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.13, No.6, December. 2004

8. 高温超伝導体中の電子とフォノンの大きな絡みあいを発見   _東大新領域・カリフォルニア大_


 高温超伝導体中の電子の運動が、フォノン(格子振動)の影響を大きく受けていることを示す明瞭な実験結果を、東大新領域(高木英典教授、笹川崇男助手)とカリフォルニア大バークレー校(A. Lanzara助教授、G.-H. Gweon 博士研究員ら)の共同研究グループがNature 430 (2004) 187に報告した。高温超伝導のメカニズムや物性において、これまで脇役としてすらほとんど登場することのなかったフォノンが、今脚光を浴びている。 

  金属や合金などBCS理論で説明される従来の超伝導では、フォノンが超伝導電子対(クーパー対)形成の立役者であった。BCS理論により、超伝導転移温度 Tc はフォノンの振動数(デバイ振動数)に比例することが導かれたが、この理論の構築において、同位体効果の発見が重要なヒントになったことが知られている。同位体効果とは、超伝導体中の原子を、質量数の異なる同位体で置き換えると、デバイ振動数の変化を反映して、同位体質量の -1/2 乗に比例したTc の低下が生ずる現象である。 

  さて、銅酸化物で発見された高温超伝導でも、そのメカニズムに電子とフォノンの相互作用が重要なのだろうか?この疑問に答えるべく、発見当初に Tc への同位体効果の検証が活発に行われ、その結果、多くの高温超伝導体では、同位体質量を変化させても Tc に影響のないことがわかっている。皮肉にも、高温超伝導の場合には、同位体効果の観測が、フォノンは重要でないとする主張の大きな拠りどころとなったわけである。そして現在では、高温超伝導は2次元 CuO2 面で発現していることが分かっており、そこにおける電子同士の強い相関がメカニズムの鍵であるという考えが主流となっている。 

  では、なぜ今回の報告が注目されているのだろうか?まず、強相関電子系では、その強い電子相関がむしろ原因となって、奇妙なフォノンの振る舞いを生み出すケースが見つかりはじめており、電子とフォノンの相互作用の正しい理解は一筋縄ではいかないと認識されるようになったという背景がある。この問題への新しいアプローチとして、最近進展の著しい角度分解光電子分光 (ARPES) 法による電子状態の精密測定に着目し、同位体置換試料を対象として実験を行ったことが、独創的だと評価された所以であろう。そして報告された結果が、電子とフォノンの相互作用は非常に特異であることを示すものであり、「BCS理論が適用できないとされてきた高温超伝導体で、格子振動の影響がこれほど劇的に観測されたことは予想外で、正直言って驚いている。《と、研究グループの高木教授がコメントするほどであったことも見逃せない。 

  同位体置換と ARPES 法の組合せによって、フォノンと絡みあっている電子の素性を、運動量とエネルギーを変数に分析しようというこの試みの発端は、グループメンバーのLanzara 助教授による Nature 412 (2001) 510での実験報告にさかのぼる。彼女は、様々な高温超伝導体のARPES 測定から、電子分散が共通して50-80 meV で折れ曲がり(キンク)構造を持つことを発見し、その原因として電子格子相互作用を考えた。フェルミ準位近傍の低エネルギー領域における電子構造やダイナミックスの理解は、高温超伝導メカニズムを探る上で最も重要な課題であることから、この主張は大きな注目を集めることとなったが、電子と磁気励起の相互作用で解釈しようという立場からの激しい反論があるなど、白熱した議論へと発展した経緯がある。そこで、この論争に決定的な結論を与える実験として、電子分散のキンク構造に対する同位体効果の検証を計画したのだという。 

  実験対象としては、Bi2Sr2CaCu2Oyの単結晶が選ばれた。その理由の一つは、ARPES では清浄な単結晶表面を必要とするが、Bi2Sr2CaCu2Oyでは、これをへき開によって準備できることがある。また、同位体置換は、高温における試料と雰囲気ガスとの可逆な酸素の交換に依存しているため、ここでもBi2Sr2CaCu2Oyの酸素移動度が大きいという性質が重要となる。一方で、この物質では、容易に変動する酸素含有量によってキャリア濃度が決まるため、同位体質量だけが異なり、キャリア量を厳密にそろえた試料を準備するには相当な技術と知見を要する。そこで、研究グループは、精密な酸素同位体置換用に、新たに専用の炉を設計・製作することから、この挑戦的な課題への取り組みを始めている。 

  実験で観測された電子分散への酸素同位体効果は、研究の当事者も予想していなかったような、異常な電子とフォノンの相互作用を示唆する結果であったことから、シンクロトロン軌道放射光を用いた ARPES 測定を繰り返し行って、再現性に自信を持つのに1年以上の時間を費やしたという。図1に示したのがハイライトとなる結果で、超伝導状態 (T = 25 K) において、16Oと18Oを選択的に含む試料との間で、挿入図にイラストで示したような様々な運動量方向について、電子分散を比較したものである。どの分散にもキンク構造が観測されており、詳しい解析によると、18Oで置換した試料では、16Oの試料よりも 5~10 meV ほど低エネルギーにキンクの位置することが確認された。つまり、キンク構造の形成にフォノンが深く関わっていることは疑う余地がないことになる。一方で、同位体置換で運動に変化が生じたのは、キンク付近ではなくて、それ以上のエネルギーをもった電子であること、そして図1に明らかなように、分散の同位体シフト方向が、運動量空間に大きく依存していること[運動量空間の1から6に向かって、18Oの試料の分散が、16Oの分散の右側から左側に移動していることに注意せよ]は、従来の電子格子相互作用の立場からは説明が難しいという。フォノンの影響が運動量空間で異方的になっていることが、d波対称性の異方的な対形成の生じている高温超伝導と、どの様に関わっているのかに興味がもたれる。また、温度依存性については、T = 100 K において、このような同位体効果はほとんど消失することが報告されている。電子分散への異常な同位体効果のオンセットが、超伝導転移と相関しているのか、あるいは擬ギャップ形成など他の現象と関係しているのかを明らかにするために、ドープ量依存性や物質依存性などの今後の研究が待たれる。 

  研究チームの笹川助手は、「従来の超伝導メカニズムの解明に転移温度への同位体効果が重要な役割を果たしたように、それとは全く異なる新しいタイプの同位体効果を高温超伝導において発見したことが、機構解明への弾みになれば嬉しい。また、同様なアプローチは、高温超伝導体にとどまらず、酸素を含む多様な強相関電子系物質に適用できることから、新奇なフォノンの役割や効果などを探索することに利用していきたい。《とコメントしている。                                          

          


図1 最適ドープ組成Bi2Sr2CaCu2Oy (Tc = 92 K) の、25 K における電子分散への酸素同位体効果。

                   

                               

(亀の翁)