柏キャンパスでは、主に3つのグループが超伝導体をはじめとする無機物質の開発に取り組んでいる。物性研究所に所属する上田(寛)研究室と廣井研究室、および、新領域に所属する高木・野原研究室である。最近、これら3研究室から新超伝導体が続々と発見されているので紹介する。
● バナジウム酸化物の超伝導
物性研、上田研究室の山内徹氏らは、2002年、バナジウム酸化物β-Na0.33V2O5およびβ’-Cu0.65V2O5が、高圧下においてそれぞれ臨界温度8 Kおよび6 Kの超伝導を示すことを発見し、Physical Review Letters誌などに報告した[1, 2]。この物質は、バナジウムのジグザグ鎖と梯子鎖が複合した結晶構造をとり、低温常圧下では、多くのバナジウム酸化物に見られるように、電荷が秩序化し、絶縁体(電子固体)となる。研究チームは、キュービックアンビル型高圧装置により8 GPaもの静水圧を加えると、電子固体が融解し、臨界温度8 Kの超伝導が発現することを発見した(図1)。さらに、2004年3月27~30日、九州大学において開催された日本物理学会第59回年次大会において、β-Ag0.33V2O5が6.5 GPaの高圧下で臨界温度6.5 Kの超伝導を示すことを報告している。
山内氏は「より小さなイオン半径のLiを用いたβ-Li0.33V2O5では、臨界温度がさらに上昇する《とコメントしている。この結果は、次回の物理学会(2004年9月12~15日、青森大学)において報告される予定である。
[1] T. Yamauch, Y. Ueda, and N. Mori, Phys. Rev. Lett. 89 (2002) 057002.
[2] Y. Ueda, M. Isobe, and T. Yamauch, J. Phys. Chem. Solids 63 (2002) 951.
● パイロクロア型酸化物の超伝導
物性研、廣井研究室では、パイロクロア型の結晶構造をとる酸化物における物質開発と物性探索が進められている。パイロクロア格子は3次元的に連なった三角格子からなり、スピンの幾何学的フラストレーションに起因した特異な物性、例えばスピン液体状態におけるエキゾチック超伝導発現の舞台となると考えられてきた。
2002年、廣井研に所属する花輪雅史氏らは、パイロクロア構造をとる初の酸化物超伝導体Cd2Re2O7を発見した[1]。臨界温度は1 Kと低く、現在では従来型s波超伝導体であると考えられている。その後、2003年になって、米澤茂樹氏らは新しいパイロクロア類似酸化物KOs2O6 において臨界温度10 Kの超伝導を発見した[2](図2)。この超伝導では、上部臨界磁場が通常の超伝導体において期待される値(パウリリミット)の2倊に達し、さらにミューオンスピン回転や各磁気共鳴の実験から超伝導ギャップが異方性を持つことが示唆されている。さらに、より大きなアルカリ金属を用いたRbOs2O6においても臨界温度6.3 Kの超伝導が見いだされた[3]。
[1] M. Hanawa et. al. Phys. Rev. Lett. 87 (2001) 187001.
[2] S. Yonezawa et. al. J. Phys.: Condens. Matter 16 (2004) L9.
[3] S. Yonezawa et al. J. Phys. Soc. Jpn. 73 (2004) 819.
● アルゴン内包フラーレンの超伝導
新領域、高木研究室に所属する博士課程3年生の伊藤清太郎氏らは、2004年7月30日、東京大学で開かれた第27回フラーレン・ナノチューブ総合シンポジウムにおいて、アルゴンを内包したC60フラーレンが超伝導を示すことを報告した。
アルゴン内包[60]フラーレン(Ar@C60)は、内熱式ガス圧装置中にC60、ArおよびKCN触媒を封入し、400 MPa, 650℃の条件下で合成された。その収率は極めて低く、C60分子の約0.1%にArが内包される。高速液体クロマトグラフィーを繰り返し適用することで、大量に存在する未反応C60中からAr@C60を抽出した。物性測定に必要とされる数mgのAr@C60を得るのに約1年が必要であった。このAr@C60へカリウムをドープしたK3(Ar@C60) において臨界温度約17.5 Kの超伝導が確認された(図3)。これは、K3C60の臨界温度19.3 Kより低い。BCS理論では、重元素の添加に伴い格子振動数が低下するため臨界温度も低下するとされるが、Ar@C60における臨界温度の低下は、BCSの予想値よりもはるかに大きく、いわば異常同位体効果ともいえる。研究グループは、赤外分光法により希ガス内包にともなう分子振動数の変化も測定しており、今後の解析から、フラーレンの分子振動と高い臨界温度の関係が明らかにされると思われる。
研究グループは、さらに別のアルカリ金属や窒素原子が内包されたC60の合成も進めており、例えば、窒素原子の持つ磁気モーメントと競合する超伝導状態などが実現されるかもしれない。
●水和した硫化物の超伝導
新領域、高木・野原研究室に所属する修士過程2年生の片山尚幸氏は、日本物理学会第59回年次大会(2004年3月27~30日、九州大学)において、いくつかのミスフィット層状タンタル硫化物に水分子を挿入すると臨界温度約4 Kの超伝導が発現することを報告した。
母体となる (MS)1+(TaS2)2 (M = Sn, Pb, Sb, Bi)は、岩塩構造をとる1枚のMS層と2枚のTaS2層が交互に積層した構造をとり、MS副格子とTaS2副格子のa軸長が異なることから、ミスフィット化合物と呼ばれている。片山氏らは、隣接するTaS2層間に様々な分子や金属原子が挿入可能なことに着目し、Naイオンと水分子を挿入した化合物Nax(H2O)y(MS)1+(TaS2)2 を合成した。このうち、M = Sn とした物質が臨界温度4.0 K、M = Pb, Sb がそれぞれ3.7 Kおよび3.5 Kで超伝導を示すことを発見した。水分子を含まない母物質 (MS)1+(TaS2)2 も、臨界温度3 K程度の超伝導を示した(図4)。
層状コバルト酸化物NaxCoO2へ水分子を挿入すると臨界温度約5 Kの超伝導が発現することが、2003年3月に独立行政法人物質・材料研究機構の武田らにより発見されている。コバルト酸化物ではCoO2面間に2層の水分子が入ったときのみ超伝導を示し、水分子が超伝導に果たす役割が現在も活発に議論されている。一方で、タンタル硫化物は水分子のあるなしに関わらず超伝導を示す。両者の電子状態の比較から、水分子の役割についての手がかりが得られるかもしれない。
電子固体(電荷秩序状態)が圧力により融解し、超伝導が発現した。
図2 パイクロア類似酸化物KOs2O6の超伝導特性
図3 K3(Ar@C60)における超伝導転移を示す磁化と希ガス内包Ar@C60分子。
図4 母物質(SbS)1+(TaS2)2とその水和物Nax(H2O)y(SbS)1+(TaS2)2の
超伝導を示す磁化の温度依存性。
(青蛙堂)