SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.13, No.4, August. 2004

1. 大強度陽子加速器の開発*大強度陽子加速器計画
_原研、KEK_


 日本原子力研究所(原研)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)は共同で世界最大級の出力を持つパルス陽子ビームを加速・利用する研究施設の整備を目指し、原研の東海サイトに大強度陽子加速器施設J-PARC (Japan Proton Accelerator Research Complex)の建設を進めている(ホームページアドレス http://j-parc.jp/)。本施設は、加速器で発生した大強度陽子ビームを各種標的の原子核に衝突させ、中性子、中間子、ニュートリノ等の2次粒子を発生させ、これらの粒子を用い、3つの科学分野、すなわち物質・生命科学、素粒子・原子核物理学、核変換技術の研究に利用するもの。

加速器の構成は図1(右)に示すように、400 MeVリニアック、3 GeVシンクロトロン、50 GeVシンクロトロンから成り、上流のビームが次の加速器に供給され、順次エネルギーを高めていくカスケード方式が採用されている。それぞれの加速器には、その出力に応じた利用施設が配置され、リニアックからの出力の一部は核変換実験施設、同様に3 GeVシンクロトロンでは物質・生命科学実験施設、50 GeVシンクロトロンでは原子核・素粒子実験施設及びニュートリノ実験施設に供給される。平成13年より加速器製作及び基幹設備の建設が開始され、現在の建設状況は図1(左)に見られるとおり大規模な建設が進められている。計画は第1期と第2期に分けられ、第1期では平成19年度を完成年度として各加速器と素粒子・原子核実験施設及び物質・生命科学実験施設が建設され、第2期ではリニアック出力の向上とニュートリノ実験施設及び核変換実験施設が建設される。しかし、ニュートリノ実験施設は早期立ち上げが決定され平成16年度より建設が開始された。

この計画では、超伝導関係機器の導入も予定され、リニアックの出力向上に陽子加速用超伝導空洞が、そして、ニュートリノ実験施設では1次陽子ビームラインの曲げに超電導マグネットがそれぞれ用いられる予定である。これらの超伝導機器の開発状況を以下に調査した。

1)  陽子加速用超伝導空洞 超伝導加速空洞を用いた陽子リニアックは高い加速効率を実現できるため、加速器駆動核変換システム用陽子加速器として最も有望視されている。J-PARCでは、リニアックの高エネルギー部(400~600 MeV)に超伝導陽子リニアックを計画しており、ここで加速された陽子ビームは核変換実験施設に供給される。図2にJ-PARC超伝導陽子リニアックの基本構成要素となるクライオモジュールの概略図を示す。クライオモジュールは超伝導空洞を2台実装した真空断熱容器であり、空洞に高周波電力を供給するためのRF入力カプラ、共振周波数制御用チューナー、ビームにより誘起された高次モード高周波電力を外部に導くための高調波出力カプラ等を備えている。超伝導空洞は共振周波数972 MHz、9セル楕円型空洞であり、温度2 K、最大表面電界強度30 MV/m(加速電界強度10 MV/m)で運転される。J-PARC施設では11台のクライオモジュール及びビーム集束用四重極電磁石により超伝導陽子リニアックを構成する。ヘリウム冷凍機としては、4.5 K換算で約1.5 kWの規模となる。現在、クライオモジュール試作器の試験が進められており、超伝導空洞単体の性能として、最大表面電界32及び34 MV/mを実現している。

2) ニュートリノ実験施設用超伝導マグネット ニュートリノ実験施設は平成16年度から建設を開始し、20年度の完成を目指している。施設は50 GeV陽子を検出器のある神岡に向けて約90度曲げる陽子ビームラインを必要とするが、限られた空間でそれを実現するためには、超伝導電磁石の利用が必須となった。  ビームラインには一般にビームを曲げるための2極磁石と、ビームを収束するための4極磁石が必要になるが、本施設ではこの2種類の磁石の機能を1つの磁石で実現する複合磁場型超伝導電磁石を使い、1種類の磁石でビームラインが実現できるようにした。これによって磁石の台数も40台必要であったところを28台と大幅に減らし経済性の高い超伝導ビームラインを目指した。磁石の断面形状を図3に示す。磁石は1層の左右非対称コイルによって複合磁場を生成し、そのコイルを圧縮成型高耐放射線性プラスチックのカラー及びリターンヨークをかねる鉄によって機械的に支持する構造になっている。ちなみに左右非対称コイルによる複合磁場型超伝導電磁石は世界的にもまだ例がなく極めてユニークな存在となる。28台の磁石は4.5 K, 2 kWのヘリウム冷凍機から供給される約0.3 MPaの超臨界ヘリウムによって冷却される。磁石の最高運転温度は5 Kで、そこでの超伝導線のロードライン比は約70%となる。

 現在、左右非対称コイルの試し巻きを確認し、試作機を製作中である。9月末までに完成させ、10月には試験を行う予定である。また、10月に実証機の契約を予定しており、平成17年度からはクライオスタットを含めた生産に移行する予定である。

                               


図1 大強度陽子加速器実験施設の建設の現状と施設の構成


図2 J-PARC超伝導陽子リニアックの基本構成要素となるクライオモジュール


図3 ニュートリノビームライン用複合磁場型超伝導電磁石断面

(怒鳴人)