脳の神経電流がつくる磁場は地磁気の1億分の1程度と弱く、従来はパーマロイの磁気シールド室が用いられてきた。しかし、半径数キロメートル以内にいる電車や車の通行(鉄の固まりの移動)による環境磁気雑音は、0.1Hz付近にピークを持つ。BSCCOの高温相の超伝導磁気シールドは完全反磁性で、0.1Hz以下の超低周波でもシールド率が落ちない。同一のSQUIDセンサーを用いて、パーマロイシールドと超伝導磁気シールド内で測定した雑音スペクトルの比較を図2に示す。図に示したようにシールドの違いが1Hz以下で100倊以上の感度差を生むことがわかる。横軸を時間として64チャンネルのデータを比較するとその差は、もっと顕わである。これだけシールド特性に差があると、SQUID のプリアンプの1/f雑音、CMR、フィルター無しで動作可能な低ドリフト特性、電源のリップルなど、設計を零からやり直す必要がある。
また、本装置では検出器として低周波雑音特性に優れたSNS素子を用いている。ナノメートルサイズのSNS素子は、デバイスサイズと電子・ホールのド・ブロイ干渉波の波長がコンパラなメゾスコピック系を形成している。SNS 接合の理論(式の上側の符号)における熱力学ポテンシャルが、Planck の黒体輻射論(下側の符号)と美しい対照性を持っていることは言及に値する。
このSQUIDシステムを用いて、これまでに約100人以上の被検者の脳磁界が測られた。
幕張メッセ会場で得られた正中神経刺激後67ms後の脳磁図の例は電子情報通信学会誌 Vol. 86, No. 6, p.449, 2003にある。
図3は、今度は横軸を時間として64チャンネルを同時に表示したものである。250 ms 以降の長潜時に 6 Hz のシータ・リズムが観測されている。特に、長潜時におけるシータ・リズム の振動の節の部分の媚びれが細いことは、この装置の低周波雑音が小さいことを端的に示している。正中神経刺激など単純な感覚刺激による脳磁界は一般には 250 ms ぐらいまでに終わってしまう。250 ms 以降の長潜時の信号は、第2体性感覚野などに現れ、脳のより高次の機能と関係している。長潜時に観測されるこれらの律動性後発射(rhythmic after-discharge) は、後脱分極(after-depolarization) か、後過分極(ahter-hyperpolarization)による。今後、長潜時の脳の機能を調べて視床・大脳皮質神経回路(thalamo-cortical network)についての研究が進むと予想される。
過分極活性型陽イオンチャンネルの電流 hyperpolarization-activated cation current Ih の時定数は、約1秒であり、視床、海馬だけでなく、心拍数も制御している。また、記憶、学習の関与するカルシウムイオンチャンネルの時定数は1秒よりも遙かに長く、その測定には超伝導体磁気シールドが必要になる。
SQUID装置は、人間の脳機能に対する理解そのものであるニューラルネットワークモデルの実証に用いられることになろう。
この記事と関連のあるスライドが「モバイルSQUID脳磁界計測装置の開発《https://check.cybernet.co.jp/matlab/support/event/expo2003/file.shtmlに24枚ある。
昨年の幕張メッセでのデモ実験では説明資料を準備するゆとりすらなかったが、今年は資料も用意して3月17日から19日まで東京ビッグサイトで我々の装置のデモ実験を行う予定である。
通信総合研究所専攻研究員太田浩氏は「零から始めて、新しい価値の創造に成功している。これからが楽しみな装置である。ほかの研究分野でも、その価値が一般にも理解できてリスクのない投資の対象になるところまで研究者が持っていく必要があるということかもしれない《とコメントしている。
図2 従来のパーマロイシールド室内と超伝導体磁気シールド内でのSNS接合のSQUIDの性能比較
(同一色の折れ線が同一のSQUIDを用いた計測結果を表す)
図3 脳磁界の計測例
(あさがお)