SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.13, No.1, Feb. 2004

2. 分子線エピタキシー法でノンドープ銅酸化物超伝導体を発見
―Nd2CuO4構造の(La3+,RE3+)2CuO4でTc ~ 25 K
_NTT物性科学基礎研究所_


 従来、銅酸化物高温超伝導はモットハバード絶縁体であるCu2+の母物質に、正孔又は電子をドープすることで発現すると考えられている。NTT物性科学基礎研究所の束田昭雄氏、クロッケンバーガー・ヨシハル氏、山本秀樹氏、内藤方夫氏らはISS2003において、Nd2CuO4構造(略称T’構造)を有するLa2CuO4で、3価のLaの一部をイオン半径の小さな3価の希土類元素(RE)で置換することにより、超伝導が発現することを報告した(ISS2003/PC-5、また、cond-matにもアップロードされている(cond-mat/0401120))。

 T’-(La3+,RE3+)2CuO4 (RE = Sm, Eu, Gd, Tb, Lu, Y)と表記される新超伝導体は、La及びREが共に3価であるため、元素置換によるドーピングはないにもかかわらず、Tc ~ 25 Kを有する。La2CuO4は、ベドノルツ・ミュラーが最初に発見した(La,Ba)2CuO4で知られるように、バルク合成ではCu-Oが八面体6配位したK2NiF4構造(略称T構造)をとるが、薄膜低温合成ではCu-Oが平面4配位したT’構造を安定化することができる(Phys.Rev.B 66(2002)184515)。(Nd,Ce) 2CuO4に代表されるT’構造の電子ドープ系超伝導体は、合成時に頂点位置に上純物酸素を取り込むことが知られており、Ce組成が最適の試料においても合成後に適切な酸素還元処理によって上純物酸素を除去しないと超伝導は発現しない。束田氏は、「T’構造物質の超伝導発現に第一義的(primary)に重要なのは、電子ドープすることではなく、頂点位置の上純物酸素を完全に取り除くことである《とコメントしている。薄膜試料は分子線エピタキシー法により基板温度約650℃で作製され、成長後に試料を真空中で約630℃に10分間保持することで上純物酸素を取り除いている。

 図1はLa2-xYxCuO4の抵抗率の温度依存性である。Y組成の少ない試料(x ~ 0.09, 0.15)で約25 Kの超伝導転移を示している。束田氏らは、Y以外にいろいろな希土類元素置換を試み、多くの希土類元素で超伝導が発現することを確認している。図2はTcendのRE置換量依存性で、一般的に置換量が少ないほうが高いTcを示す。しかし、置換量(x)が0.1以下では、T相の混入が避けられない。また、置換元素依存性では、(1)イオン半径がLaに近いPr、Ndは超伝導とならず、(2)Luのような非常に小さな希土類ではTcが15K程度と低い、ことがわかっている。

 今回発見された新超伝導体(La,RE)2CuO4は比較的単純な系にもかかわらずバルクでは発見されていなかった(T’-(La,Y)2CuO4は1989年に室町氏らにより合成されているにもかかわらず)。超伝導発現の決め手は、やはり頂点位置の上純物酸素の除去のようである。束田氏らは、上純物酸素の除去を促進させるには以下の3つの点が重要であるとコメントしている。第一に試料が薄いこと。すなわち試料表面までの上純物酸素の拡散距離が短いことが重要で、バルクより薄膜が適している。第二に面内格子定数(a0)が大きいこと。a軸長が小さくなると上純物酸素が取り除きにくくなる。Ceをドープした系((Ln,Ce)2CuO4)は、TcがLn = Laの30 KからLn = Gdの0 Kまでa軸長の減少と共に減少する(Supercond.Sci.Technol. 15(2002)1663)。(Gd,Ce) 2CuO4では、還元処理しても上純物酸素が除き切れないことが知られている。第三にRE2O2層が乱れていること。La-PrやLa-Ndの組み合わせが超伝導とならない例から、REがイオン半径の大きく違う元素の組み合わせになっている方が良さそうである。内藤氏は従来のCe置換による電子ドープ系の超伝導体について「4価のCeはイオン半径が小さい。また電子がCuO2面にドープされることでCuO2面を拡げる。よってCeは第二、第三の条件を同時に満たす理想的な元素である《とコメントしている。

 さて、本当にノンドープなのだろうか?「RE2O2層の酸素が欠搊していて、その酸素欠搊が電子キャリアの供給源となり超伝導が発現している《という可能性が指摘されている。薄膜試料に対しては、各酸素サイトの占有率を決定する方法はもとより、全酸素量を決定する方法も確立されていないためRE2O2層の酸素欠搊の可能性を完全には払拭できない。酸素問題に明確な決着をつけるにはバルクによる追試を待つしかないようである。しかし、山本氏らは同研究所内にある放射光施設において電子ドープしたLa1.9Ce0.1CuO4(Tc~28K)とノンドープのLa1.85Eu0.15CuO4(Tc~20K)のin-situ光電子分光測定を行い、2の試料のスペクトルがほぼidenticalで、フェルミレベルがrigid-band的にシフトしているように見える結果を得ている(cond-mat/0311380)。このことは新超伝導体の超伝導が酸素欠搊によるキャリアドープによって発現しているのではない、というひとつの傍証となる。また、同氏は「この系においてはdx2-y2軌道がMott-Hubbard分裂しておらず、そのためにキャリアがイントリンシックに存在し超伝導が発現しているのではないか《とコメントしている。

 今回発見された新超伝導体は、これまでの銅酸化物超伝導体の常識と異なる部分が多く、物質探索、機構解明に新たな刺激を与える事は確実である。この刺激によって超伝導分野が再び活性化することが望まれる。

                                   


図1 La2-xYxCuO4の抵抗率


図2 TcのRE組成依存性

(Sentinel)