SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.13, No.1, Feb. 2004

11. 第1回新磁気科学調査研究会 報告


 第1回新磁気科学調査研究会は1月27日(火)、東京大学にて「強磁場を用いた新しい生体磁性の探索《という題吊で、東京大学大学院医学系研究科講師の岩坂正和氏を講師に招いて開催された。岩坂氏は上野照剛教授(現東京大学)の研究室において磁場の生体および物理化学現象への影響を研究されている。特に、上均一強磁場中で水が磁気力により押しのけられ水位が下がる現象(モーゼ効果)を最初に発見した研究グループの一人でもある(図1)。

 今回は最近の研究も含めた以下の4点について講演 をしていただいた。1) 新磁気科学創成期の研究について(ご自身の院生時代の研究内容とエピソードも含む)、2) たんぱく質等の磁場配向について、3)細胞分裂への磁場効果 4) 生体関連の勾配磁場の影響。以下、簡単に上記の講演内容を俯瞰する。

1) 磁場が生体に及ぼす影響に関する研究では、主にたんぱく質における磁場配向が1970年代後半から報告されている。特に、生体高分子のFibrinとCollagenについては磁場に配向することが1980年代に確認された。一方、岩坂氏ご自身は、1989年から弱磁性物質における磁場の影響についての研究を始められている。所属する研究グループの研究範囲は強磁場中の酸素反応、蛙の生物発生、溶存酸素の挙動から、主に生体に関する現在の研究まで多岐に渡っている。

2) 前述の配向したFibrinとCollagen上で培養した細胞が下地と同方向に増殖し配向することを報告された。現在、この性質を利用して異方性を有する細胞体を組織化することを視野に入れた研究が世界的に進められている。この一つの応用例としては血管壁における細胞配列状態を磁場配向で実現することであり、今後の展開に期待したい。また、付着系の培養細胞が細胞分裂時に配向する現象も紹介された。氏の考えでは、細胞が配向するのは細胞膜すなわち脂質二重層の反磁性磁化率異方性より、むしろ細胞内骨格の細胞内での磁場配向(反磁性磁気トルク回転運動)によって細胞全体の形態が磁力線に並行に伸張するとのことである。

3)アフリカツメガエルの初期卵割面(第3分割)が14Tの水平磁力線で傾斜する現象についての報告もなされた。ブラウン大学 Denegreらの報告の追実験であったが、水平磁力線でも鉛直磁力線と同様の効果が見られる点に新規性がある。ツメガエルの発生そのものに対する磁場影響は今回の14T磁場ですら特筆する影響は見られなかったとのことである(図2)。

4) 超伝導マグネット中心にマウスを配置して皮下脂肪温度を計測したところ、体温が低下する現象を実験で確認した(埼玉医大 市岡助教授との共同研究)。ただし、温度変化に伴う酸素の磁化率変動で生じる対流(磁気風)の影響が否定できない等、均一強磁場と勾配磁場のどちらの影響か判断しかねるところである。生体実験ではサンプル自身が代謝活動(呼吸など)をするため、たくさんある要因を排除することが困難である。新磁気科学の目覚しい発展により生物実験に付随した物理化学的磁場効果の衣をはがすことが可能となり、今後は生物現象そのものに対する磁場効果の厳密な検証について、遺伝的プロセスなど生物学的メカニズムに踏み込んだ研究の進展が期待されるとのことである。

 本研究会に出席されていた先生から「磁場が生体に何らかの影響を与えると先生がはっきり言ってくれたら、大いに研究が進めやすくなるのですが...。《と質問とも期待ともいえる声が上がった。それはこの分野の先端を走っておられる岩坂氏に寄せる期待の大きさを表している。ただし、氏ご自身が紊得いく説明ができない点については決して断定はしない。あいまいな部分は「はっきりしたことは言えません。《と言われ、確実な物理的事実を突き止めたものなら「影響があると考えられます。《と極めて慎重である。昨今、携帯電話等、電磁場が人体に与える影響が世間で取り上げられ始めている。それだけに研究者は慎重でなければならないのだろう。強磁場の生体磁性の分野で先端を行く岩坂氏の研究者としての姿勢が感じられた講演であった。


図1 モーゼ効果(磁場による水面の分割)
(提供:東京大学 岩坂正和氏)


図2 アフリカツメガエルの卵割にみられる磁場の影響
(提供:東京大学 岩坂正和氏)

(物質・材料研究機構:安藤 努)