SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.12, No.6, Dec. 2003

8. ノーベル賞特集:ノーベル物理学賞
*「磁束物理《の発展について


 ノーベル財団のホームページによると、2003年のノーベル物理学賞を受賞した3氏の受賞理由は,“for pioneering contributions to the theory of superconductors and superfluids”と記されている。しかし, GinzburgとAbrikosovに関して云えば、“第2種超伝導理論の確立への寄与” といったほうがより正確であり、これが表題の「磁束物理《の原点である。

 いまさら、説明するまでもないとおもうが、GinzburgはBCS理論(1957)によって超伝導発現機構が明らかにされる前、1950年にGinzburgとLandauの連吊で、Landauの相転移理論に基づいた転移点近傍における自由エネルギーの考察から、第2種超伝導理論を展開し、いわゆるGinzburg-Landau(G-L)方程式を導いた。この理論は熱統計物理学における2次相転移論の模範例といってよく、極めてわかりやすいもので学部学生のよい演習問題になっている。G-L方程式によれば、磁場中での秩序パラメータに関する固有状態と固有値から、上部臨界磁場Hc2と秩序パラメータの空間変化が求められ、G-Lコヒーレンス長xが定義された。彼らは、さらに、磁場侵入長lとコヒーレンス長との比からG-Lパラメータkを導入し、第1種超伝導体と第2種超伝導体の違いを明らかにした。一方、Abrikosovは、G-L方程式の一般解を考察することで、磁束の量子化と磁束配列の周期性を明らかにした(1957年)。磁束配列の周期性には三角格子と四角格子とがあり、Abrikosovは四角格子が安定であると考えたが、その後Kleinerらによって三角格子のほうがエネルギーが低いことが明らかにされた。これらの第2種超伝導理論の成立は、超伝導材料の実用化にとって極めて重要なものであった。これによってhigh-Hc2化、high-Jc化への指針が示され、超伝導実用化への基礎が与えられた。一方、第2種超伝導理論は、その後Gorkovによって微視的理論による裏付けがなされ、1970年頃には超伝導現象はほぼ完全に理解され、超伝導に関してはもう目ぼしい問題は残っていないと云われた。もし、ここで超伝導研究が終わっていたとすれば、たとえその後、超伝導の実用化が進んだとしても彼らのノーベル賞受賞はなかったと思われる。ノーベル賞受賞には、もう一つのストーリーが必要だったのである。

 酸化物高温超伝導体の発見によって、「磁束物理《は新しい展開を迎えることになる。高温超伝導体はこれまでの超伝導体にない特徴を持っていた。それは、はじめ磁場中の電気抵抗の極めてブロードな転移として観察され、熱揺らぎや磁束フローの効果として説明された。しかし、そこにはより根本的な概念の変革を求める動きが含まれていた。高温超伝導体では、大きな熱揺らぎのためにHc2直下では明確な磁束量子は形成されない。この状態は磁束が時間的・空間的に自由に動き回っている状態と同等で、渦糸の液体相が形成されているとみなされる。このとき、超伝導の長距離秩序が形成される相転移はHc2より十分低温で磁束液体から磁束固体への転移として起こり、H c2は最早相転移点ではなくなる。さらに、良質な単結晶が作製されると、磁束液体から固体相へは2種類の転移があること、すなわち、磁束の乱れが少ないクリーンな系では1次の相転移が、乱れが強い系では2次の相転移が起こることが明らかにされた。したがって、乱れの少ない系では低温で磁束が周期的配列を示す磁束格子が、乱れの多い系では液体相が凍結されたグラス相が形成される。さらに、これらの相転移は、磁場の強さや方向、異方性の大きさ、結晶欠陥の形や濃度などに強く依存し、ほんの僅かの物質パラメータの変化によって極めて多彩な磁束相を形成することが、ここ10年ほどの研究によってわかって来た。

 また、最近では巨視的な物性に関する研究ばかりでなく、各種超伝導体における超伝導波動関数の対称性や磁束コア内の準粒子構造などのミクロな電子情報を反映した議論や実験が精力的に行われ、マクロな物性との対応や見直しなどが進んでいる。しかし、新しい「磁束物理《の基本には、やはりG-L理論が横たわっており、この最近の「磁束物理《の新しい展開とその成功がGinzburgとAbrikosovにノーベル賞をもたらしたものと考えられる。さらに、これは、今年のM2SでG. CrabtreeとE. ZeldovがOnnes賞を、A. I. Larkin, N. Nelson, V. M. VinokurがBardeen賞を受賞したことと呼応した動きであるように思われる。

(金属材料研究所:小林典男)