SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.12, No.3, Jun. 2003

11. 平成14年度第2回新磁気科学調査研究会報告


 第2回調査研究会は3月17日(月)、東京大学にて「スピン化学の基礎とその磁場効果」の内容で、学習院大学理学部化学科の客員教授林久治氏を講師にお招きして開催された。

 化学反応系において、エネルギーに対する磁場の影響は小さい。例えば、1Tの磁場を印加した場合、電子スピンのゼーマン分裂によるエネルギー変化は 3 cal / mol 程度であるのに対して、反応の活性化エネルギーは一般的に 10 kcal / mol のオーダーである。そのため、化学反応系における磁場の効果は期待できないというのが従来の考え方であった。しかし、ラジカル対を経る反応系においては電子スピンが重要な役割をもつため、室温の溶液中においても磁場の効果が期待できる。これは1970年代に日本で生まれた独自の学術分野であり、「スピン化学」として体系化されてきた。

 本講演では、以下のような事例を挙げて、化学反応系における磁場の影響を示す実験結果を紹介いただいた。まず、カルボニル化合物などの溶液に光照射してラジカル対を生成させる。このとき溶液中に界面活性剤を添加しておくことにより、ラジカル対はミセル内に閉じ込められる。ところで、ラジカル対には電子のスピンの向きが互いに逆向きの一重項ラジカル対と、同じ向きの三重項ラジカル対が同時に存在している。一重項ラジカル対は再結合しやすいため、ミセル内ですぐに対になるラジカルと出会い、かご生成物を生成する。そして三重項ラジカル対は再結合しにくいため、時間とともにミセルの外へと散逸し、散逸生成物を生成する。カルボニル化合物の場合、光照射によって生成しやすいのは三重項ラジカルである。しかし三重項ラジカル対は寿命が短く、すぐに一重項ラジカル対に変化するため、結果的にはかご生成物が多く生成する。しかし、外部磁場を印加すると三重項ラジカル対の寿命が延びるためにラジカルが散逸しやすくなり、散逸生成物の生成量が増加する。これはすなわち、ラジカル対を経る化学反応系においては、磁場印加によって生成物の収率が変化することを意味している。スピン化学は様々な化学反応、物質生産への「強磁場」応用に期待が持てる分野であり、今後とも注目していきたい。

(東京大学:藤江和之)