SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.12, No.2, Apr. 2003

5.コバルト酸化物系で初めての超伝導体発見される
_物質・材料研究機構_


 物質・材料研究機構(NIMS)では超伝導を示すコバルト酸化物の合成に世界で初めて成功した。この新しい超伝導体は、CoO2層(図1)から成るナトリウムコバルト酸化物に水分子を導入した層状コバルト酸化物であり、電気抵抗と帯磁率の測定から明瞭な超伝導転移が確認された。層状アルカリコバルト酸化物は良く知られた物質群であり、例えばLixCoO2はリチウムイオン電池の正極材料として既に実用化されている。また、NaxCoO2も大きな熱電効果を示すことから熱電素子への応用が期待されるなど、実用上の興味もあって、これまでに数多くの研究が積み重ねられてきた系である。それにもかかわらず、超伝導は見出されていなかった。

 発見者である、NIMS物質研究所の高田和典氏、佐々木高義氏らのグループは、ソフト化学と呼ばれる、室温近傍における化学反応を利用した合成手法を活用して新規な物質の創製を続けてきたことで知られている。両氏によると今回の発見はその延長線上に位置するものであり、ソフト化学の果たした役割は決定的であったとしている。合成された水和ナトリウムコバルト酸化物は、二次元三角格子CoO2層の間に2層の水分子が挿入された構造を持つ(図2右)。この物質は、層状構造を持つNa0.7CoO2(図2左)の層間から臭素による酸化反応によりナトリウムイオンを部分的に脱離させた後、水分子を層間に挿入することにより得られ、化学分析による組成は、NaxCoO2·yH2O (x~0.35, y~1.3)とされている。物質研究所のリートベルト解析の専門家、R. A. Dilanian氏、泉富士夫氏の協力もあって、結晶構造はすでにかなりの程度まで精密化がなされているようである。

 上記のソフト化学的プロセスは、層構造を保ちつつコバルト層間の距離を親化合物(Na0.7CoO2)における5.5Åから9.8Åまで広げることを可能にしている。その結果得られた水和ナトリウムコバルト酸化物の帯磁率(図3)は、5K以下で明瞭な反磁性を示しており、電気抵抗にも、大きな低下が観測されることから(図4)、Tc =5Kの超伝導に疑いはないものとされている。

 共同研究者である、NIMS超伝導材料研究センターの櫻井裕也氏、室町英治氏によると、銅系高温超伝導物質と今回のコバルト系物質の間には強い類似性が認められ、その超伝導発現機構にも何らかの関係がある可能性が高いとしている。類似性の第一は低次元性であり、前者では、CuO22次元平面が超伝導の主役であるのに対して、後者でもCoO2層間の距離が通常のコバルト酸化物の2倊にまで広がったことにより2次元性が高まったことが超伝導発現の理由と考えられなくもない。さらに、銅系超伝導体はCu2+(S=1/2)正方格子への正孔(電子)ドープ系と見なすことができるのに対して、今回の物質は、Co4+(低スピン状態を仮定すると、S=1/2)三角格子への電子ドープ系と見なすことが可能である。現象面からも、外部磁場を増大させても、超伝導のオンセットTcはあまり変化せず、転移がブロードになるだけであることがわかっている。これは銅酸化物超伝導体にも共通して見られる傾向であり、銅系と似た非常に高い上部臨界磁場を示唆している。他方で、相違点として目につくのは、正方格子の基底状態が反強磁性オーダーであるのに対して、三角格子は磁気フラストレーション系であるということである。NIMSの研究陣はこうした類似点と相違点が超伝導機構解明の鍵を握っているものと見ている。

 1986年、銅酸化物の高温超伝導体が発見され超伝導フィーバーが起こって以降、周期表で銅に近接した3d系であるコバルトやニッケルの酸化物が注目され、世界中で活発な研究が行われてきた。しかし、これらの試みは全て失敗に終わり、超伝導は銅の持つ特異な性質に起因するものとされてきた。今回、コバルト酸化物において初めて超伝導が見いだされたことは、この閉塞状況に突破口を開くものであり、新たな超伝導物質探索の指針を与えるのみならず、高温超伝導のメカニズム解明に示唆を与えるものとしても重要である。また、今回の発見は、ソフト化学と超伝導という異分野の研究者の幸運な出会いがもたらしたものであり、異分野融合の重要性を再認識させたものともいえる。


図1 CoO2層の構造


図2 出発物質(Na0.7CoO2)の構造と超伝導物質水和ナトリウムコバルト酸化物(Na0.35CoO2·1.3H2O)の結晶構造


図3 超伝導物質水和ナトリウムコバルト酸化物の帯磁率(H = 20Oe、白丸は磁場中冷却、黒丸はゼロ磁場中冷却)


図4 超伝導物質水和ナトリウムコバルト酸化物の電気抵抗率

          

(HP)