有機結晶は圧力に対して敏感であり大きな圧縮率を持つ。有機結晶の中に、様々な伝導性や磁性を有する電荷移動錯体という一連の物質群があるが、これらの物質の物性制御においても圧力印加は極めて効果的である。例えば、有機超伝導体の転移温度は圧力印加に伴って急激に抑制される。転移温度の(負の)圧力係数は無機物質の超伝導のそれと一桁以上の開きがある。また、圧力誘起の超伝導も比較的低い圧力で達成される例がほとんどである。電荷移動錯体のこのような圧力に対する応答は、この系がほとんどファンデルワールス力のみによって弱く凝縮した「やわらかい」物質であることに由来する。したがって、これらの物質の圧力効果研究は、ほとんどの場合、BeCu合金などからなるピストンーシリンダー型圧力発生装置により行われてきており、実際、この装置が発生できる2万気圧程度の圧力領域で多くの成果が得られてきた。一方、電解移動錯体においては、特殊な技術を要するそれ以上の圧力領域での物性研究はほとんど行われていない。
今回発見された新超伝導体b’-(BEDT-TTF)2ICl2では8.2万気圧の高圧力下での電気抵抗率測定において図1に示したように、明瞭な超伝導転移が認められ、そのオンセットは14.2Kと有機超伝導体の臨界温度の記録を久しぶりに更新するものであった (図2)。
b’-(BEDT-TTF)2ICl2は、常圧では、22Kで反強磁性転移を起こす。この事実などから、この物質の絶縁体的振る舞いは、電子の強相関効果によりもたらされていると考えられている。圧力下での磁気的性質は現在のところ全くわかっていないが、銅酸化物超伝導体や他の有機超伝導体と同様に、超伝導相の近くに反強磁性絶縁相の存在が見てとれるわけである。このことは、この超伝導体も非従来型超伝導体であることをにおわせている。超伝導発現機構の知見を得る為には、今後のさらなる研究が待ち望まれる。一方、有機物質がこのような超高圧下で高い転移温度を有する超伝導を示したという事実は、有機物質の超高圧下におけるポテンシャルを浮き彫りにしたという意味で重要であろう。今後、このような8~10GPaまでの超高圧印加により、様々な有機物質を超伝導化することができるのではないだろうか。その中には、さらに高い超伝導転移温度を持つ超伝導体も含まれているかもしれない。
図2 有機物超伝導の転移温度世界記録の変遷
(Bernardo)