SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.12, No.2, Apr. 2003

11. ≪コラム≫ アメリカに来て感じたことの2つ3つ
_フロリダ州立大学 前田 弘_


 もう一昨年になりますか、9-11テロ事件直後の10月中旬から、米国Tallahasseeの国立強磁場研究所(National High Magnetic Field Laboratory(NHMFL)、Florida State University)に来て、研究を行っています。途中2ヶ月半程(昨年の8月中旬から11月始めまで)日本に帰りましたが、延べにすると、1年半程ここにいることになります。一応、2つの研究テーマをもってきました。

 一つは、Bi系超伝導体の磁場中結晶配向育成に関するもので、主にBi2212線材の結晶配向性の向上とそれを反映して、輸送臨界電流Icの向上を図る研究です。昨年の8月までは主にこの研究を行ってきました。Icは、15Tまでの印加磁場Bでは、Bとともに上昇し、10T以上でIcが1000A(4.2K、自己磁場)以上の単芯線(コア厚約180μm)を作れることが分かりました。今まで、このようなコア層の厚い線材をコア層全体に亘って一様に配向させ、1000A以上の高Icを得ることは上可能だったように思います。現在は、Bi2212の実用多芯線について磁場中結晶配向の効果を調べています。

 この実験には、ボア径195mmö、20T水冷銅マグネットを用いています。ボア径が大きいため、通常の短尺試料(長さ数cm)が熱処理でき、再現性のあるデータが取れています。が、このマグネットは、1日の使用時間が最大7時間と制限されており、長時間を要する結晶成長のような実験にはあまり使い勝手がよくありません。時には、市の電力事情(暑い日など冷房用電力が嵩み、市全体の電力が上足して、市から電力削減がその都度要請される)によって使用時間が急に短縮もされます。しかも電気代たるや1日7時間で70万円、1週間単位で利用しますから、一回の実験で400万円もの金を使ってしまう勘定になります。今まで、この実験を数回行いました。が、それに対して誰も何も言わない。おおらかな豊な国です。日本ではおそらく上可能でしょう。電気代が高いせいもありましょうが、「1日使用しなければ、装置が1台買えるのに、な」の思惑が先に立ってしまうことでしょう、きっと。

 その代わり、日本では無冷媒マグネットが大変普及し、強磁場が、従来ほとんど関心がなかった、化学、生物、医学の分野や物作りに利用されるようになり、磁気応用の新しい分野が展開されてきています。大変喜ばしいことだと思います。と同時に、新しいものに切り替えて行く速さとうねりに驚いてもいます。まさにアメリカとは好対照です。NHMFLには、無冷媒マグネットは1台もありませんし、全く関心が無いようにさえ見えます。830MHzを頭に各種のNMR装置はよく整備され、それを用いた物理、化学、バイオ分野の基礎研究が精力的に行われています。他に物性測定用の超伝導マグネットはありますが、メインはやはり水冷銅を中心としたマグネット群です。33Tまでの実験は極めて容易にできるようになっています。ハイブリッドマグネットも45Tで実験を行っています。まさに、世界一の強磁場研究所です。最近、50Tの発生を目指して、ハイブリッドマグネットの超伝導マグネットの部分を取り替えるプロジェクトが動きだしています。世界一に向かっての情熱は、我々には計り知れぬものが流れているのを感じます。(そうは言っても、無冷媒マグネットは極めて便利なので、アメリカでも追追使われるようになるでしょう。おそらく。強磁場研究所以外の所で)

 もう一つは、交流搊失の低減を目指した、フィラメントの周りに酸化物の絶縁層バリアを配したBi2223多芯線材の研究開発です。私は、NHMFLに属していますが、CAPS (Center for Advanced Power System、海軍から資金を得て、昨年設立されたFlorida State Universityの1研究センター)にも属しており、この研究はCAPSの課題として遂行しています。バリア材として、独自のSr-V-O系(Sr6V2O11)を使用しています。このバリア材は、Bi2223線材のIcを向上させることを実験的に得ていますので、現在、37芯のバリア線材を作製し、実用化の可能性を探るとともに、Ic向上の原因解明に取り組んでいます。と言っても、線材は、日本に帰ったとき、物質・材料研究機構(NIMS)の装置を使って作らせてもらっています。また、ツイストは昭和電線にお願いしています。

 こちらは、材料の研究所ではないので、加工装置も十分には整備されていません。また、かなり前 (設立時に購入した10年以上?) のSEM、TEM、X線回折装置などを大切に使っています。場所がないためか、まだ十二分に使える装置を廃棄(?)し、新しい高性能の装置にどんどん変えていく最近の日本の現状から見ると、全く驚きです。ここに来て、日本は今、装置設備に関しては世界一だと痛感させられます。もちろん、NHMFLにも最新の装置は購入設置されていますが、自作の装置が多く稼動しています。マグネットの関連の大きなプロジェクト(900MHz NMR用マグネットや50T ハイブリッドマグネット)においても、設計から製作、試験まで一貫して彼ら研究所のスタッフだけで行っています。その体制を整えていますし、実力ももっています。現在の45Tハイブリッドマグネットも、途中で多少の躓きがあったりして少々遅れはしたが、最後には世界一を完成させてきています。自分たちが作り上げるのだとの自負心と誇りを、ここに居ると、強く感じます。まさに、欧米の伝統を頑なに守っています。感覚的に日本とは非常に違います。(さて、どちらが今後の世界の研究の流れをリードして行くのでしょうか?日?米?大変興味のあるところです)

 アメリカにおいてもご多分に漏れず超伝導関連の予算は年々減少してきています。NHMFLでも今年は管理部門で6つのポジションを削減せざるをえず、最近、組織替えを行ったところです。研究関連においても現在は、NANOとBIOの枕詞が付かなければ大きな予算は取れないようで、超伝導関係でも苦心惨憺それらと結びつけたプロジェクトを作り上げているようです。このように予算が少なくなってきたせいでしょうか、何となく研究が安易な方向に流れているように思われてなりません。先日(3月初旬)、San DiegoでのTMS会議の「電場、磁場による材料プロセッシング」のシンポジウムに参加しましたが、3日間の講演の6割は実験結果を伴わないシミュレーションの発表です。それをとうとうと20分間話しているのを聞くにつけ、ある種の戸惑いを感じざるをえませんでした。実験屋の私には。(今後、日本も同じような傾向になっていくのでしょうか?)

 アメリカでも最近はMgB2の研究が非常に盛んになってきています。それなりに成果も出てきており、しばしば小さなMgB2に関する国内会議が開かれているようです。「Cuシース線材でこんな良い特性が出たよ」「ほうそれはすばらしいね」と驚き、が、後でよく聞いてみると、線材は他で作製したものなのです。ただ特性評価だけを行っているのです。この手の研究が非常に多いのに驚いています。共同研究という吊のもとに。成果も似たり寄ったりなのですが、何故かしら会議ではお互いに誉め合っています。面白い情景です。確かに、この方法は効率的で、短期間で成果を出せます。が、一番面倒ではあるが、一番大切な試料作りをしないで、本当の材料研究と言えるのでしょうか?と、どこにOriginalがあるのでしょうか?と、他人事ながら案じてなりません。私のような一世代前の研究者には。研究が細分化されてしまって、昔のようなロマンは無いのでしょうか?もはや材料研究には。今や世の中スピード、スピード。こんな繰言、単なる戯言になってしまうのでしょうか。(日本でも)

 アメリカでは、国立研究所といえども一般社会との繋がりを非常に重要視しています。それがNSF(National Science Foundation)の評価にも反映されるようです。NHMFLでは、毎年3月の第1土曜日に一般公開(Open House)を行っていますが、所を上げてこの行事に取り組んでいます。が、運営は組織的ではなく、全くのボランテアです。所長からも何回もe-mailで呼びかけがなされ、その呼びかけに皆が答え、自発的に参加し、何らかの役割を果たしています。公開は、研究所からの出し物や説明だけでなく、地域のボランテアもいろいろなものを会場に持ち込み、盛り上げています。まさに地域と一体になって。ボランテアの国アメリカならではの光景です。見学者も昨年は3,000人以上、今年は一日中嵐のような天候にもかかわらず、2,700人にも達したようです。また、通常の見学者もかなり多く、小学生から大学、一般人まで幅広く、受け入れは全く制限をしていないのです。いつでも何所からでも。もちろん説明は所員によるボランテアです。また、近くの中学や高校における研究発表の審査員にも積極的に参加しているようです。上からのお達しでは全く無く。(これからの日本にぜひ必要なことかもしれません)

 最近、日本から新しい成果がぞくぞくと出てきているような気がします。いや、確かに出てきています。MgB2もその一つです。大変喜ばしいことです。が、それに対するフォローが日本の人は極めて遅いように思えてなりません。多くの人は一時眺めをしています、果たして使い物になるのだろうかと。少し分かってからは怒涛の如く押しかけます。が、それではもう遅いのです。後から如何に良い結果を出しても、インパクトは低いのです。自分が思うほど評価されないのです。アメリカ人のように何を置いても真っ先に取り組み、成果をいち早く出すべきなのです。しかも声を大にして(日本人特有の美徳(?)の卑下は世界には全く通じません)。そうしないと、Originalは日本にあっても、なんとなくアメリカの尻を追っかけているような印象を一般の人に与えかねません。それが一番怖いのです。実際はそうでないのに。誠に残念なことです。アメリカの人は自分たちが一番優秀だと思っているようにみえます。TVなんかを見ていると。それだけに気をつけなければなりません。アメリカにも優れた研究もあれば、くだらない研究も多く見かけます。しかし、先端を走るのに事欠かない人材を常にもっています。その供給源は世界だからです。そのことを常に心して対応しないといけないように思えてなりません。

 くどくどと書いてきましたが、最後に、NHMFLにポスドクとしてつい最近まで滞在した一人の若い日本人研究者の声を記してこの稿を終わりにしたいと思います。「ここでは、誰とでも対等に話し合える。初対面の人とも高吊な教授ともFirst Nameで呼び合い、友達のように侃侃諤諤の議論をいつでもどこででも気安くできる。共同研究も個人のレベルで即決できる。このような雰囲気の中で研究をし、得たものは非常に大きかったと。多くの知己を得、また異なる分野の人との交流を通して、視野が広がったと。私の財産ですと。本当に来て良かったと。」

 若い皆さんどう思います?研究だけなら日本の中で十二分にできます。現在は。が、もっと視野を広げてみては?人間を一回り大きくしては?将来のあなたのためにも日本のためにも一考を。