SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.12, No.2, Apr. 2003

1.高温超電導で世界最強の磁場をつかまえた!
―絶対温度29 Kで17 T(17万ガウス)の磁場
_超電導工学研究所_


 超電導工学研究所の富田優氏(現鉄道総合技術研究所)と村上雅人氏(現芝浦工業大学教授兼超電導工学研究所特別研究員)は、高温超電導バルク体を使って、高温超電導磁石としては世界最高である17 Tを超える磁場を捕捉することに成功し、その成果をNature誌(2003年1月30日号)に発表した。なお、捕捉磁場測定には、物質・材料研究機構つくば強磁場センターの18 T超電導コイルが用いられた。

 この成果により、従来は上可能であった強磁場を自由空間に提供することができるようになり、材料プロセスや高性能の磁気分離、また新交通システムへの応用など幅広い分野への波及効果が得られることになる。今後、強磁場応用が加速化されるものと期待される。

 今回、使用した高温バルク体はY-Ba-Cu-O系と呼ばれるもので、直径2.6cm、高さ1.5cmの小さなものであるが、わずか2.6cmの空間に、17 Tという驚異的な磁場を捕捉したのである(図1参照)。

 このような強磁場捕捉が可能となったのは、樹脂含浸技術と金属含浸技術という新しい技術の開発により、材料の強度上昇とともに、低温における安定性を大きく向上させたことによる。

 高温超電導バルク体に磁場を捕捉するためには、大きな電流を抵抗ゼロで流す必要がある。この限界の大きさを臨界電流と呼んでいる。臨界電流は低温になると飛躍的に向上するが、同時に大きな力(電磁力)が作用するため、バルク体が破壊してしまう。このため、捕捉できる磁場の向上には、超電導特性の向上よりも超電導体の機械特性の向上が急務となっていた。

 バルク超電導材料は溶融状態から凝固させることで作製されるが、この作製過程で、内部に巣(空孔)が生じたり、クラックが発生する。高温超電導体は脆いセラミックスでできているため、これら欠陥が破壊の起点となって割れが発生しやすいのである。

 本研究における最初のブレイクスルーは、溶けたエポキシ系の樹脂にバルク体を浸して外気を脱気することにより、樹脂が表面きずを通して、材料内部のクラックや巣に樹脂が浸透し、その結果、機械特性を大きく向上できることを発見したことにある。

 しかし、樹脂が浸透できる深さは2~5mm程度であるが、最大応力の発生箇所は試料の中心部にある。そこで、第2のブレイクスルーはバルク体の中心に孔を空けて、樹脂含浸を施すことで内部からの強化を可能にしたことである。小さな孔であれば捕捉磁場特性に悪影響を与えることなく、バルク体を強化することができる。

 ところが、強磁場捕捉にはつぎの試練があった。それは、バルク体内部の発熱である。磁場を捕捉させる過程では、バルク体内の磁場分布が時々刻々変化する。この時、磁場の運動にともなって熱が発生するのである。この熱をただちに取り除かないと、バルク体の温度が局所的に上昇する。10万ガウスというような強い磁場があると、この温度上昇によって磁場が急激に発熱部に集中するなだれ現象が起きて、バルク体が破壊してしまう。

 この問題は、低温安定性と呼ばれ、すべての超電導体に共通の問題でもある。実際、多くの研究者から、バルク超電導磁石の本格応用には、この問題の解決が上可欠であることが指摘されている。

 ここで、第3のブレイクスルーは低融点のBi-Sn-Pb-Cd合金の含浸が可能であることを発見したことになる。樹脂は熱伝導度が低いため、熱はけには向かないのである。そこで、バルク体の中心に孔を設け、低融点合金含浸を施すことにより、熱伝導特性を飛躍的に向上させることに成功した。さらに、金属含浸の際に、人工孔に熱伝導性に優れたアルミニウムワイヤーを埋め込むことができることに気付き、この処理を施すことで、機械特性と熱安定性の両者に優れたバルク超電導磁石の製造に成功したのである。

 開発者のひとりである超電導工学研究所第1、3研究部長の村上雅人氏(現芝浦工業大学教授兼超電導工学研究所特別研究員)は「バルク超電導磁石は、新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の委託を受けて10年以上開発を続けてきた。当初は、実用化への課題が山積しており、その本格的応用を疑問視する研究者も多かったが、いろいろな工夫で問題をひとつひとつ克朊してきた。今回の成果は、最大の問題であった熱的安定性の問題を解決したもので、従来では考えられない15 Tを越える強磁場を自由空間で利用できるようにする画期的な技術開発である。いままで人類が手にできなかった強磁場を、永久磁石と同じような感覚で取り扱うことができるようになることを意味している。まさに、新しい磁場科学が出現すると期待できる。また、捕捉磁場データから分かるように、励磁用磁石の限界で17 Tという値にとどまっているが、能力的には30 Tも夢ではない能力を秘めている。」と語っている。


図1 外層にエポキシ樹脂含浸および中心部の人工孔に
低融点合金含浸を施した直径2.6cm, 高さ1.5cmの
Y-Ba-Cu-Oバルク磁石2個の隙間に複数のホール素子をつけて、
78K, 46K, 29Kで磁場捕捉実験を行ったときの捕捉磁場分布。
29Kでは中心部で17.2Tの磁場を捕捉しているが、まだ飽和していないことが分かる。

               

(夢マグ)