金属基板上にIBAD法中間層そしてPLD法-YBCO超電導層による線材化では、すでにフジクラが47mの長尺化を達成しており、また、米国欧州でも数mから10mの線材が作製されている。現段階では実績からいって最も有望な手法である。IBAD法では配向していない金属基板上に中間層を配向させることができるためにYBCO線材が作り易い。他方、問題は製造速度が遅いことであった。これまでの実績によれば、線材製造速度で0.5~1m/hrである。
しかしながら、今回SRLにより見出された手法によれば、薄いIBAD層にCeO2膜を高速で蒸着して高配向組織が得られるので、大幅に製造速度を向上できる。また、最終到達配向度は単結晶に近いので線材のJcも大きく向上する。また、IBAD法のように蒸着時にArイオンによるアシストがいらないので、今回のCeO2膜の配向現象を自己配向(Self-Epitaxy)とSRL吊古屋研の研究者の間では呼ばれている。
◆高速高配向
本研究はSRLとフジクラおよびJFCC(ファインセラミックスセンター)の共同で行われたものである。フジクラ製の膜厚の異なる各種IBAD基板上にPLD法によりSRLでCeO2膜を作製した。図1に典型的な結果をIBAD法との比較で示す。中間層の配向度(IBADの場合はGZO)と蒸着時間の関係を示す。一般的にYBCO線材の配向度にはJcにして1MA/cm2以上が得られる10度以下が要求されるが、IBADでは総計で240分程度かかる。他方、薄いIBAD層上にPLD-CeO2膜を蒸着すると、図1の白丸で示すように、配向度25度(GZO膜)からわずか1分で10度になる。6分蒸着すると5.6度になる。IBAD法でそのまま蒸着すると10度の配向度を得るのに170分かかるのに比べると大幅な中間層製造速度の向上が可能である。さらに、10~13度のIBAD-CeO2膜を用いると、最終到達配向度は2.4度になり、単結晶レベルに近くなる(図中灰色の丸)。
SRLで中間層の開発を精力的に行っている室賀岳海主任研究員によれば、「セリア(CeO2)膜は世界中で研究されているが、今回のセリアの場合、配向条件が微妙であり、良い条件を見つけるのに非常に苦労した。また、X線による回折パターンでは、X線の侵入距離が長くCeO2膜の厚さ方向の配向分布を区別するのは難しい。このため、表面的にはこうした現象は気づきにくいが、詳細な比較観察結果から今回の高配向高速成長が明らかになった。線材の製造速度が大幅に向上するので、長尺化の問題は解決できるのではないか。大変うれしい。」と語っている。
本試料をJFCCの加藤丈晴主任研究員がTEMにより詳細に観察したが、その結果を図2に示す。ハステロイ基板上にIBAD-GZOの結晶が見える。厚み方向の縞状コントラストの成長で結晶が次第に配向していく様子が見える。他方、その上のPLD-CeO2層では組織の様相は一変し、約100nmのCeO2膜がついた後は、急速に結晶が成長し粒径が1~2ミクロンにもなっている。加藤研究員によれば、「回折格子のスポットを見ると、この部分(PLD-CeO2)はほとんど単結晶である。このような大きなCeO2の単結晶が高配向に成長した例は見たことがない。」とのこと。
◆Jcも高い。Dimosの壁を突破
SRL吊古屋研究所では、早速この上にPLD法でYBCO膜を作製しそのJc特性を図っている。YBCO膜の作製を担当している岩井博幸研究員によれば、「これまでのPLD- CeO2膜によるYBCO線材では世界中のどの機関でもJc=1~2MA/cm2程度がせいぜいであったが、今回の高配向CeO2膜を用いれば、従来の膜の2~3倊の高いJcが容易に得られる。我々はすでに従来のYBCO線材では得られない4.4MA/cm2を得た。10年前のDimosらの研究によれば2つの粒界の配向度の違いが5度以上になると、YBCO粒界の弱結合によりJcが指数関数的に減少するが、今回の中間層は最高で2.4度なのでJcは単結晶基板上の膜と同程度になる。いわゆるDimosの壁、配向組織と弱結合による限界、を突破できたのでは?」とのこと。長尺化においても、長手方向のJcの減衰に余裕があることになるので、実用的な意味合いはより大きい。
◆新しい現象か?
超電導工学研究所で本研究を指揮している山田穣主管研究員によれば、「3年前から歴代の研究員とCeO2膜の中間層を研究している。ロスアラモス研での結果、“厚いCeO2膜では配向度が劣化する”に疑問を持ったのが端緒であるが、今回の現象の原因は、新たに中間層に含まれているGdなどによる効果ではないかと思う。特に、GdやYなどのRE(レアアース)を含むCeO2膜では酸素拡散、電気伝導度の向上など異常な効果が報告されており、こうした現象となんらかの関係があるのではないか。本方法には実用化のメリットが多いが、それ以上に重要なのはこの現象は従来のエピタキシャル成長メカニズムの枠を超える新しい現象なのではないかと思う。エピタキシャル成長はあくあまで基板の配向度と同程度になるものであった。それが、今回は配向度が自然に向上していく。あまりこんな例はない。実用化を促進しつつ、現象の解明にも精力的に取り組みたい。」とコメントしている。現在、吊古屋研では、PLD-CeO2の長尺化も進行中である。
応用基盤プロジェクトの線材開発全体を指揮している超電導工学研究所吊古屋研の塩原融第4研究部、5研究部(吊古屋研)部長によれば、「本研究は実用的にはSRL始まって以来の大きな成果ではないか。上記の高速化のメリットのほかに、今回のIBAD上CeO2膜では米国で心配されていたような中間層のクラックも生じない。長尺線材の量産化の点で非常に大きなメリットである。今回の成果で、All Japan体制による線材開発が欧米に比べて一歩リードしたのではないか。また、プロジェクトメンバー3者の協力による成果である点も意義深い。我々がこれまで培ってきた基礎力と近年取り組んでいる組織的な総合力の発揮のたまものである。線材開発を促進するために、SRLではこの手法とMOD法に注力すべく、大幅に体制を入れ替えて進めている。吊古屋研は気相法による線材化がミッションであるが、今後もそれに向け精力的にバックアップしていく。一層、線材化を本格化させていくが、金属基板やスケールアップに伴う色々な技術が必要になるので、多方面の分野の方からご意見、ご協力を頂き実用化を目指したい。」と語っている。
図2 IBAD-GZO膜上に蒸着したPLD-CeO2膜の典型的な断面TEM組織。
配向度∆f =13°のIBAD-GZO膜に18分間PLD法でCeO2膜を蒸着した。
CeO2膜の配向度∆fは4.1°である。界面から100 nm以上で大きく粒成長している。
(JFCC加藤研究員撮影)
(ハイテイーシージャパンドットコム HiTcJapan.Com)