SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.11, No.6, Dec. 2002

7.宇宙飛翔体用超伝導マグネットを目指して
 _高エネ研・東芝_


 宇宙の彼方から飛来する宇宙線(荷電粒子)を、気球を用い地球大気圏外のクリーンな環境で観測する為、超伝導マグネットスペクトロメーターの開発が進められている。これを用いた宇宙粒子線観測・気球実験BESS(Balloon-bone Experiment with a Superconducting solenoidal magnet Spectrometer)は、宇宙起源の反粒子探索及び宇宙粒子線の精密観測を目的として日米間の国際共同実験として進められている。計画は1987年にスタートし、軽量化、粒子透過性を追求した“薄肉”超伝導マグネットの開発などを経て、1993年にカナダでの高度36.5kmでの14時間におよぶ飛翔時間で第1回の気球実験に成功した。以降、すでに12回の飛翔実験を重ね、数々の科学的成果をあげてきた。この計画は日米間の国際共同実験として高エネルギー加速器機構、宇宙科学研究所、東京大学、神戸大学、NASA、ニューメキシコ州立大等の幅広い協力のもとで実施されている。これらの観測データは、従来の観測データの感度を一桁上回る成果となっている。特に宇宙線反陽子の起源を探る貴重なデータを提供した。図1、2に気球飛翔の瞬間と打ち上げられた超伝導スペクトロメーターを示す。

 マグネットのさらなる軽量化、薄肉/透明化を進め、南極での周回飛翔を行えば、さらに1桁高い感度での観測が実現できることから、BESS Polarという次の計画の準備が進められている。ここでは、高エネルギー加速器機構による基本設計に基づき東芝が製作したBESS、及び現在製作中のBESS Polarマグネットについてメーカーの立場で特徴と製作課題などについて述べてみよう。

 製作途上のBESS Polar超伝導マグネットは、薄肉ソレノイドコイルで構成されコイル直径は約0.9m、長さ約1.4mに、コイル中心で1.0Tの均一磁場を発生させる。このマグネットには、スペクトロメーターとしての粒子透過度、気球での長期フライトなどからくる非常に難しい要求事項がある。例えば粒子の透過度をあげるためには、マグネットのコイル、輻射シールドと真空容器を含んだ全質量密度(粒子が透過しなければならない単位面積あたりの物質量)は、現在のBESSで4g/cm2以上であったが、開発中のBESS Polarでは、さらにその約半分の2.3g/cm2の質量まで抑える必要がある。このためにコイルには高強度アルミ安定化導体を採用しE/M(E:蓄積エネルギー、M:ソレノイドコイル冷却質量)比について、通常のコイルが6~7kJ/kgであるのに対してBESS Polarマグネットの場合は2倊以上に高めたものとなっている。図3に製作された薄肉ソレノイドコイルを示すが、コイルの厚みは高々3.3mm程度である。このような薄肉で高強度なマグネットは、超伝導導体の平均電流密度も約530A/mm2と非常に高いので、コイルがクエンチした場合の伝播を高め、コイルの焼搊を防ぐ工夫がされている。また真空容器、輻射シールドは薄いアルミ板をコルゲート(波型)形状にする等、軽量化、透明化の為の努力が注ぎ込まれている。コイルの冷却は、その透明度を確保するため、約400Lの液体ヘリウム(LHe)タンクから間接的に伝導冷却する方法が採用されている。南極実験ということからLHeの効率的な利用が要求されており、地上待機時のLHe消費量低減のために、パルスチューブ冷凍機を用いシールド過冷却による低熱侵入を実現し、また約20日間の長期フライトを実現させるため、飛翔中のLHe消費量の最適化設計を行っている。フライトの重量制限により、各部の軽量化を図り、マグネット全体としての重量を約350kgまでに軽量化し、さらに、コイル励磁後に電源を切り離しても発生磁場が保持できる永久電流モード運転を採用するなど、種々の工夫がなされている。

 現在、打ち上げから回収までのさまざまな作業や衝撃と転倒等に対する考慮をしながら計画が進められている。今後、BESS Polarは地上試験を経て、2004年には南極周回飛翔実験を実現し、宇宙線反粒子の精密探査実験へと進む予定である。

 東芝・京浜事業所の高野廣久技監は「コイルの単体励磁試験は成功したが、まだマグネットシステムとして極めて難度の高い課題もあるので是非とも成功させるべく最大限の努力をしたい。《と述べている。

(S・M)


図1 気球飛翔の瞬間(BESS)


図2 スペクトロメーター(BESS)


図3 BESS Polar用薄肉ソレノイドコイル