彼らによると、今回の測定には、通信総合研究所関西先端研究センターと東工大の共同研究グループにより作成されたアンダードープの薄膜試料を用いており、その時間分解ポンプ・プローブ測定からは、Tc以下で緩やかな緩和および急速な緩和を示す2つの緩和過程が観測された。この緩やかな緩和過程(緩和時間:ts)は、超伝導ギャップでの準粒子の緩和に対応しており、温度の上昇とともにTc付近で消失した。一方、急速な緩和はTc以上でも現れており、その緩和時間(tp)は、150K付近まで0.7ピコ秒程度の一定の値を示し、その後T*~210K付近で消失したという(図1参照)。このT*以下で現れる緩和現象については、温度依存性を持った何らかの低エネルギー励起状態、即ち擬ギャップの出現により現れた光励起キャリアの緩和を反映したものであるとしている。また、このようにTc以下で2つの緩和過程が見られることから、超伝導状態では超伝導ギャップと擬ギャップとが共存し、さらに、緩和時間tpが温度に対して変化していないことは、擬ギャップの大きさ自体も150K以下で変化していないことを示しているという。また、データ解析によると、擬ギャップの大きさが変化しないにも関わらず、その励起キャリアの数は温度の低下とともに増加しており、このことは擬ギャップが局所的なドメイン内に現れ、温度の減少とともにその数または領域が増加することに対応しているのではないかという。
一方、同一試料を用いて行った時間領域テラヘルツ分光測定では、複素導電率虚部s2の1THz以上の周波数成分において、温度の低下に伴いT*付近から有意な増加が観測されており、これは1ピコ秒以下の相関時間を持った局所ペアの出現の可能性を示しているという。また、このs2が増加を開始する温度は強い周波数依存性を持っており、周波数が減少するにつれ低下し、0.5THz以下では100K付近まで低下した(図2参照)。
このテラヘルツ分光で得られた結果は、擬ギャップとの直接的な関係を与えるものではないが、上述の擬ギャップドメインが1ピコ秒以下の寿命を持った局所的な超伝導揺らぎ領域であると考えれば、これら両実験での結果を非常にうまく説明できるのではないかとしている。つまり、s2の周波数依存性についても、温度低下に伴ってドメインが成長し、ドメイン間もしくは内での位相の相関が生じることにより超伝導揺らぎの寿命も長くなり、より長距離の相関が生じてくるだろうとしている。
擬ギャップ状態の解明は、超伝導発現機構とも絡んで非常に重要であり、これまでにも膨大な数の実験的・理論的研究がなされてきたが、このテラヘルツプローブを用いた新たな研究分野の出現により、これまでにない新しい物性側面が得られる可能性があり、今後の更なる実験的探求が期待される。なお、この結果はEurophysics Letter, Vol.60(No.2)に掲載予定という。
図2 時間領域テラヘルツ分光測定により観測された複素導電率s2の温度および周波数依存性。
なお、下部グレー領域は誤差による上確定領域に対応。
(Blackhole)