SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.11, No.4, Aug. 2002

5.高温超電導リングオシレータの高速動作に成功 _東芝_


 東芝研究開発センターのグループは高温超電導SFQ回路を作製するための新しいプロセス技術を開発し、この技術を用いて作製したリングオシレータ回路を高速で動作させることに成功したと発表した。同社は、新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)による「超電導応用基盤技術開発プロジェクト《を国際超電導産業技術研究センター(ISTEC)を通して受託し、その一環として高温超電導SFQ回路技術の開発を進めてきた。同プロジェクトは2002年度末までに、小規模な高温超電導SFQ回路での高速動作と低消費電力性の実証を狙っているが、今回の東芝の発表は、この目標をほぼクリアしたものと言えそうだ。

 SFQ(単一磁束量子)回路は超電導の特徴を巧みに生かしたデジタル回路であり、半導体回路では実現できないレベルの超高速の信号処理を可能にするものと期待されている。SFQ回路では、磁束の最小単位である磁束量子が回路内の特定部分にあるかないかで「1《、「0《の情報を識別し、ジョセフソン素子を通して磁束量子の出入りを制御することで情報処理が行われる。また、磁束量子の出入りの際にはジョセフソン接合に一定の大きさの電圧パルスが発生するため、このパルスを検出することで処理された信号を外部に取り出すことができる。

 東芝のグループが作製した回路(図1)は、外部からの入力信号によって磁束量子を1つだけ発生させるdc/SFQ変換器、磁束量子を伝達するジョセフソン伝送線路、磁束量子を一方向にのみ通過させる合流バッファー、10個のジョセフソン接合がリング状に配置された周回回路からなり、1つの磁束量子の発生を検出するためのSQUIDと合わせ、全体では21個のジョセフソン接合が集積されている。dc/SFQ変換器で発生した1個のSFQはジョセフソン伝送線路から合流バッファーを経て周回回路に注入され、この部分のジョセフソン接合をドミノ倒しのように次々とスイッチさせながら1方向に回り続ける。SFQが1つのジョセフソン接合を通過する際に発生する電圧パルスの時間積分は厳密に磁束量子の大きさに一致するため、周回回路部分が発生する平均電圧を測定することで、SFQが周回する周波数が決定できる。また、今回作製した回路では、周回回路内に外部信号によってSFQを消滅させる機構(SFQ比較器)が組み込まれており、この部分に信号電流を加えることで、SFQの周回を停止させることもできる。

 図2は温度30Kで測定された動作波形を示したものである。dc/SFQ変換器に正の信号が入るとモニター用のSQUIDからの出力が変化し、入力を負に振ることで初めてSQUID出力が初期状態に復帰している。これにより、dc/SFQ変換器で確かに1つだけのSFQが発生できたことが確認できる。このSFQの発生に対応して、リング部分には60マイクロボルトの電圧が生じ、この電圧は比較器への入力信号が変化するまで保たれている。これは、SFQが比較器入力によって消滅するまで、リング部分を周回していることを示している。リング部分の発生電圧から計算されるSFQの周回周波数は約30GHzであり、リング部分を構成するジョセフソン接合1つあたりにおける信号遅延は3.3ピコ秒となる。また、この時の消費電力はジョセフソン接合1つあたり約20ナノワットであった。

 今回の回路は温度30Kで動作させることを目的に設計されたが、実際には20Kでも正常に動作し、この時の接合1つあたりの信号遅延は1.8ピコ秒まで短縮されることが確認された。回路を作製、評価した東芝の勝野弘研究員は、「実際に出来上がった回路では、設計よりも接合の臨界電流がやや小さく、またばらつきも想定以上になってしまった。このため、温度30Kでは動作マージンが小さく、動作点を探すのに苦労した。本来の設計通りにできていれば、30Kでも2ピコ秒程度の動作が得られると思う《と話している。

 東芝における開発チームのリーダーである吉田二朗技監によれば、「今回の成功の鍵は、高温超電導SFQ回路を作製するために最適な材料の組み合わせは何か、という点を徹底的に追求したことにある《という。同社は昨年、SFQ回路に要求される接合の臨界電流値と低インダクタンスの超電導配線とを両立させるため、ランプエッジ接合の上部電極を従来のYBCOからYbBCOに変えることを提唱した。今回の開発ではさらに、グランドプレーンには表面平坦性に優れたNBCOを、その上の層間絶縁層にはCaSnO3、またYBCO下部電極とYbBCO上部電極の間の絶縁層にはSrSnO3という新しい材料を採用している。同氏は、「このような材料の組み合わせは、いかにして表面モフォロジーを劣化させずに多層膜を作製するか、という観点から実験的に選択した。これがベストな組み合わせである、ということは言い切れないが、今後の1つの方向は示せたものと思う。また、今回の高速動作の実証で高温超電導SFQ回路の持つポテンシャルは確認できた。次のステップとして、より高度な機能を持つ回路の作製にチャレンジしたい《と話している。


図1 SFQリングオシレータ回路の電子顕微鏡写真


図2 リングオシレータの動作波形

(祥と悠のお父さん)