SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.11, No.2, April. 2002

3. 世界で初めてホウ素系新超伝導物質のコイル化に成功
_日立・物材機構_ 


 日立製作所日立研究所と物質・材料研究機構は、昨年1月に青山学院大学で発見された二硼(ほう)化マグネシウム(MgB2)系超伝導物質を用いて長尺の超伝導線を開発し、世界で初めて小型コイルによる磁場発生に成功したと発表した。開発したコイルは、製造工程で一切の熱処理を用いておらず、従来の超伝導コイルと比較しても大幅なコスト低減が可能という。このコイルの特性を評価し、実用レベルの超伝導臨界電流が得られることを確認できたようだ。

 2001年1月に青山学院大学の秋光 純教授らによって発見された新しい超伝導物質である二硼(ほう)化マグネシウムは、超伝導臨界温度(Tc) が金属系材料として世界最高の39 Kであり、NbTi(9.5 K)や、Nb3Sn(19 K)などの従来の金属系超伝導材料と比較してもTcが約20度以上優れており、また、マグネシウム(Mg)とボロン(B)からなる比較的簡単な化合物なため、合成が容易で資源的にも豊富であるという特徴があり、世界中の研究者が実用化に向けた活発な研究開発を行っていることはご承知の通り。

 このMgB2の結晶は、ダイヤモンドのように硬く、通常の方法ではセラミックスと同様に塑性加工は困難と思われていた。しかし、この粉末を高強度の金属で被覆し、圧延などで線状に加工することにより、熱処理無しで一平方センチメートル当たり45万アンペアの高い臨界電流が得られる線材作製法を、物質・材料研究機構が開発した(2001年6月既報)。そこでは、安価な金属材料を利用でき、かつ、熱処理不要なことから、従来の超伝導線と比較して製造工程の短縮や低コスト化が期待された。その成果を受けて、日立研究所では、独自に特殊な圧延加工法により、MgB2圧粉体を高密度で連続的に流動させる技術を開発し、10 m級の長尺線材の製作に初めて成功し(図1)、更に、この線材を用いてコイルを製作し、初めて磁場発生を確認できたという(図2)。

 開発を手がけた日立研究所の岡田道哉主任研究員によれば、「今回の成果のポイントは、MgB2線材の長尺化技術を開発できたこと、及び、その長尺線材を用い、世界で初めてMgB2の超伝導コイルを製作し、磁場発生を確認できたことにある。」とのこと。今回、日立研究所が開発した長尺線材化技術は、パウダー・イン・チューブ法である。まず、太い径の金属パイプに微細に粉砕したMgB2の微粉末を充填し、一体化。この複合体を、溝をきったロールを通しながら、太い径から細い径へと、徐々に、細く長く伸ばして線にする方法。「キロメートル級の超伝導線の作製に一般に用いられている方法と基本的に同じプロセスだが、MgB2粒子が長さ方向に均一かつ高密度で形成されるように、線材に加わる圧力などの製造条件を最適化した。更に、製造工程の途中に焼結プロセスなど、中間の熱処理は一切行わないようにした。」とのこと。製作した線材は、厚さ0.3 mm,幅2.7 mmのテープ状で、長さは12 m。液体ヘリウム中で線材の特性評価を行った結果、実用レベルである220 Aの臨界電流を確認でき、この線材の曲げ特性を評価した結果、曲げ直径で約30 mm程度まで劣化がないことを確認できたとのこと。

 これらの結果を基に、10 m長の超伝導線を用い小型コイルを製作・評価した。ステンレス製の巻枠に、内径38 mm,外径42.5 mm,高さ70 mmのサイズで、80ターンを巻き付けた小型コイルを作製。これを液体ヘリウム中に浸漬冷却し通電したところ、数度のトレーニング現象の後、105 Aと実用レベルの臨界電流を得ることに初めて成功した。このとき、コイルに発生した磁場は1,300ガウスであり、MgB2コイルとして、世界で初めて0.13テスラの磁場を発生することが出来た。

 「今回の技術によれば、安価で高強度な長尺線材製作が可能になるほか、超伝導線やコイルの製造工程が大幅に短縮でき、絶縁など周辺技術の低コスト化も容易と考えられる。MgB2線材のコストは、同じ電流容量で比較した場合、NbTi線の約1/2程度と見積もられる。」とのこと。また、「今後の実用化までには、超伝導接続技術やキロメートルレベルの長尺化技術などの開発が必要。MgB2の高い超伝導転移温度を利用することにより、熱的に安定で、高い信頼性を持つ永久電流スイッチ素子などへの応用が期待できる。また、将来、医療用MRI画像診断装置や研究用核磁気共鳴NMR分析装置などに適用できれば、装置の低コスト化や長期運転時の信頼性向上に大きく貢献すると期待される。」と述べている。

 物材機構の熊倉浩明氏によれば、「MgB2系の線材開発は、当初、欧米が先行し、日本が後を追う形で開発が進んだが、今回の成果で、再び日本が最先端に立つことができたと思う。今後も、我が国で発見されたこの新材料の実用化に向けて、世界の研究をリードして行きたい。」とコメントを述べている。

[補 足]なお、本研究成果は、文部科学省科学技術振興調整費の研究課題「ホウ素系新超伝導物質の材料化基盤研究」(研究代表者:青山学院大学秋光 純教授)のうち、「ホウ素系新超伝導物質の線材化基盤技術」(分担責任者:物質・材料研究機構 熊倉浩明サブグループリーダー)の一環として、「長尺線材作製技術の開発に関する研究」を日立研究所が担当しており、その研究過程で得られたとしている。


図1 12 mMgB2線材の外観写真


図2 MgB2線材で巻いたコイルの外観写真

               

(Clark Kent)