SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.11, No.2, April. 2002

15. つくばマグネットラボの大型磁石開発状況
―木吉氏(物材機構)が講演


 去る3月4日、平成13年度第3回の低温工学協会新磁気科学調査研究会が開催され、物質・材料研究機構強磁場ステーション(Tsukuba Magnet Laboratory、以下TMLと記す)の木吉司博士の講演が行われた。同氏の所属するTMLは、世界でも有数の強磁場発生施設として知られ、1998年4月からは共同研究施設として、外部の研究者にも開放されている。同施設は当初酸化物高温超伝導材料の物性評価と超伝導発現の解明を目的としたものであったが、同時に、新しい磁気効果の発見、解明のために、様々な要望に応じた各種マグネットを開発してきた。本講演では、最近のTMLでのマグネット開発の成果として、1 GHz級NMRマグネット、均一磁気力場発生マグネット、磁場方向可変マグネットなどが紹介された。

 まず、1 GHz級NMRマグネットの開発についての報告があった。近年、化学・生物の分野でNMRは、その重用性を一層増してきており、特にポストゲノム研究では、タンパク質の構造解析の手段として、その高性能化が期待されている。NMRの高感度、高分解能化には、NMRマグネットの高磁場化が必要上可欠である。物質・材料研究機構では、1995年からマルチコアプロジェクトの一貫として、1 GHz級NMRマグネットの開発に取り組んでいる。NMRマグネットは一般に、使用する外部磁場に比例する1H原子核の共鳴周波数を用いて表され、1GHzは23.5 Tもの強磁場に対応する。またNMRマグネットとして課せられる条件としては、磁場の空間的均一度、時間的安定度および長時間にわたる定常的な磁場発生が挙げられる。TMLで開発中のNMRマグネットは、金属系外層マグネットと酸化物系内層マグネットで構成される。外層マグネットは、スズ濃度を15 wt.%まで増加した(Nb,Ti)3Sn線材を最内周部に、その外側の電磁力が強大な領域にはTaを組み込み機械的強度を増した(Nb,Ti)3Sn線材が使用されている。さらに、その外側には3つのNbTiコイルと、2対の補正用スプリットコイルが配置されるという構成になっている。外層マグネットの開発は既に終了しており、内層コイルとしてスズ濃度15 wt.%の(Nb,Ti)3Sn線材のコイルを使用することで、920 MHz(21.5 T)のNMRマグネットとしての動作を確認済みであるという。今後は、Bi系酸化物線材内層コイルの磁場安定度における問題点が解決されれば、1 GHz級NMRマグネットの運転も期待できる。

 次に均一磁気力場発生マグネットの紹介が成された。NMRマグネットの開発が進む一方で、タンパク質の立体構造解析の手段としてX線回折がある。ただし、この場合はNMRと異なり、試料は溶液ではなく結晶が用いられる。タンパク質の結晶は得ることが難しく、良質の結晶作製法の確立が構造解析の鍵となっている。最近、宇宙空間等の微小重力環境において、タンパク質溶液の対流を抑制し良質の結晶を作製しようとする研究が行われている。ここで、磁気力を利用することによっても同様に対流を抑制できるのではないかと提案されている。この際、タンパク質の結晶成長のためには、重力を打ち消すような方向に磁気力を均一に作用させることが望ましいとされている。このような背景のもとで、TMLでは均一な磁気力場BgradB(磁場と磁場勾配の積)を提供するマグネットを開発している。このマグネットは、ボアの軸方向には約40 mmにわたり、強く均一な磁気力場が存在するが、径方向にはほぼ磁気力が働かないという、これまでに例のないマグネットである。またタンパク質の結晶成長には1週間程度の時間を要するため、これは冷媒を必要としない伝導冷却型のマグネットとして開発されている。現在は、より大きな磁気力場を発生する2号機がほぼ完成段階にあるという。

 最後に磁場方向可変マグネットについての紹介がなされた。試料に印加する磁場の方向を変化させたいとき、通常は試料の向きを変化させることが多いが、この方法は引っ張り試験のような応力と磁場や、重力と磁場など2つ以上のパラメータを考慮する場合は適用することはできない。TMLでは試料およびマグネットを固定したままの状態で、磁場の方向のみを2次元的に、連続的に変化させることのできるマグネットを開発している。これは、NbTiから成る2対のスプリットコイルを互いに垂直に、十字型に配置した構成となっている。2対のスプリットコイルはそれぞれ別の電源で動いており、運転電流を変化させることで磁場の方向を回転させることができる。また磁場は、各コイルのボア軸の交点において、最大1.1 T発生することができる。このマグネットは現在も開発が進行中であり、またユーザーを募集中とのことである。

 以上見てきたように、本講演ではTMLで開発した様々な種類のマグネットの紹介がなされたが、これらはユーザー側からの要望に応じる形で開発されたものがほとんどである。これまでのNMRマグネットの発展も、NMRスペクトロメータに対する市場の要求が非常に強いことに起因しているものであるとも考えられる。したがって、今後はマグネットのユーザー側と製作側との連携をより一層密にすることで、マグネットの高性能化・新しいマグネットの開発などが進み、ひいては新規磁場効果の発見・解明に期待が持たれる内容であった。

        

(eclipse)