SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.11, No.1, Feb. 2002

8. MgB2は極めて“まともな”BCS超電導体
―基礎研究のここ1年


 MgB2の超電導が青山学院大学秋光研究室によって発見されてから、ちょうど一年になる。超電導工学研究所(SRL)では、早い時期に単結晶を作製し(本誌2001年6月号参照)、超電導機構をはじめとする物性研究を精力的に行ってきた。そこで、この物質の理解がどこまで進んだか、SRLの研究成果を中心に、現状報告を行う。

 MgB2の単結晶は、昨年4月末頃ほぼ同時期に、日本と韓国の3つのグループで独立に成功した。それぞれ方式が異なるが、今のところ結晶の純度と大きさの両方の点で、高圧下で結晶育成を行うSRL方式が最適であるように思われる。ごく最近、チューリッヒ工科大学(ETH)のKarpinskiらも結晶育成に成功しているが、これもSRL方式を採用している。単結晶に限らず、実験に用いるMgB2の試料は、質のチェックを綿密に行うことが必須である。試料の中に、MgO, Mg, MgB4などが含まれる可能性がいろいろ考えられるからである。この点では、高温超電導研究の初期の頃の苦い経験があまり生かされておらず、この1年間に発表された論文の中には、試料のキャラクタリゼーションについて全く記述がなかったり、試料不均一を仮定すれば解釈可能な実験結果を、Intrinsicなものとして議論しているものが少なくなかった。少々不純物が入っていてもTcがさほど下がらない、というs波超電導の性質が、裏目に出たと言える。

 単結晶の質に関しては、超電導転移温度が多結晶のものより常に0.5-1.0 K低いことが問題となり、SRL単結晶の構造解析結果が、4 %程度のMg欠損の可能性を示したことから、それとの関係を指摘する声もあった。しかし、Tcとの因果関係を結論するには至っていない。Tcと構造との関係については、現在詳細を研究中である。また、単結晶の残留抵抗率比(r.r.r = 5~7)が小さいという批判もあったが、アイオワ州立大のMgB2ファイバーが示す大きな値(r.r.r = 20)は、試料に低抵抗のMg金属が多く含まれていることが原因である可能性が高く、単結晶の方が真実に近い値を示していると思われる。

 単結晶を用いて、まず行われたことは、原子結合状態やバンド分散を調べることである。4軸X線回折から、電子密度分布が計算され、ホウ素(B)の面内に共有結合性の強いp(s)原子が蜂の巣状のネットワークを形成している様子が見られた。それに比べてMg原子は殆ど孤立しており、B原子との間はイオン結合的であることもわかった。また、角度分解光電子分光測定からは、バンド計算結果と非常に良く一致するBのp(s)バンドとp(p)バンドが観測され、前者が正孔を、後者が電子をキャリアとして供給することも確認された。その他、軟X線吸収・発光分光やde Haas van Alphen実験でも、フェルミ面近傍のバンド形状の測定がなされており、今後実験データを更に積み重ねることで、バンドの全容が明らかにされるであろう。

 常伝導状態での輸送現象に関しては、ホール係数や熱電能の測定から、面内伝導を担うキャリアは正孔であることが示された。電気抵抗率の温度依存性から、高周波数の光学フォノン(w ~ 890 K)と電子との結合が電子格子相互作用の殆どを担っていることがわかり、このことはバンド計算から予想されたa 2F (w )と合致する。また圧力印加による抵抗率とTcの変化から、上述の光学フォノンとの結合が超電導転移温度を決定している重要な因子であることもわかった。面間の抵抗率の温度依存性は、面内のそれと殆ど同じであり、異方性比は約3くらいである。

 一方、超電導状態では、Hc2の異方性比がやはり3程度と見積もられているが、まだかなり試料依存性があったり、温度依存性があったりするので、詳細な研究が更に必要である。おもしろいことは、c軸に平行に磁場をかけた場合、不可逆磁場が非常に低くなるのに対して、ab面に平行にかけた場合はHc2に極めて近い値になることだ。このことは、面に平行に何か強いピニング中心が存在することを意味し、その正体に興味が持たれる。

 超電導ギャップは、ラマン散乱分光から決定された。面内偏光ラマンスペクトルには、2D = 3.9kBTcのエネルギーに鋭い対破壊ピークが観測され、そのピーク形状からs波ギャップであること、偏光依存性からギャップの面内異方性は極めて小さいこと、ギャップエネルギーの温度依存性がBCS理論通りであること、等がわかった。また、lの決定には至っていないが、面内スペクトルには、非常に幅広く非対称なフォノンピークが観測され、このホウ素振動モードが電子系と強く相互作用している様子が見られた。

 このように、MgB2は極めてまともな従来型BCS超電導体であるという認識が固まりつつあるが、一つ議論になっていることは「大きさの小さな第二の超電導ギャップの可能性」である。第二のギャップは、多結晶体の角度積分光電子分光やトンネル分光、比熱や磁場侵入長、熱伝導度の温度依存性など、多くの実験で指摘されている。しかし、SRL単結晶のラマン分光や多結晶体のNMR(大阪大グループ)では、単一のギャップしか観測されておらず、混乱した状況が続いている。第二のギャップが観測される原因としては、(1)試料が不均一で超電導が劣化した部分を見ている、(2)面間の異方性が大きく、ギャップ振幅の小さな面間成分を見ている、(3)電子を供給しているpバンドのギャップは小さく、これが第二のギャップとなっている、の3つの可能性がある。しかし、(1)(2)の可能性は殆ど議論されず、実験結果が即(3)を意味すると解釈されているのが現状である。ギャップ振幅が方向によって大きく異なる「異方的単一ギャップ」と、sバンドとpバンドに大きさの異なるギャップが独立に開く「2ギャップ」とを区別するような実験が急務であると思う。また、光電子分光実験の際にもわかったことであるが、純粋なMgB2でも最表面はMg原子層が非常に活性な状態になっているため、空気中の水分などと反応して別の物質ができていると考えた方がよい。トンネル分光など、表面敏感な実験手法は要注意である。

 この物質の出現によって「BCSの壁」という概念が消滅しつつある。物質パラメータに関する現実的ないくつかの条件を付けた場合には、フォノン機構によるTcの上限が存在するであろう。しかし、その条件からはずれる場合には、いくらでも(?)Tcは上がりうる。新高温超電導体の探索は、強相関物質だけを対象とすべきではない。MgB2はそのことを教えてくれたと言える。残念ながら、同一結晶構造の2硼化物の中では、MgB2だけが特異な存在であり、B-p(s)バンドにキャリアが存在することが、高いTcに必須な光学フォノンとの強い結合を可能にしている。また、元素置換によってフェルミ面を動かそうという試みも、なかなか他元素が固溶しないなどの性質もあって、Tcを上げる方向では成功していない。別の方向の模索が必要であろう。

(超電導工学研究所第二研究部:田島節子)