SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.11, No.1, Feb. 2002

17.第8回ボルテックスの物理ワークショップ


 第8回ボルテックスの物理ワークショップ(VIII Workshop on Vortex Physics)が11/26から12/1にアルゼンチンのバリロチェ(S. C. de Bariloche)で開催された。

 このワークショップは主に銅酸化物高温超伝導体の渦糸状態の物理に焦点を絞って、各国の第1線の研究者が集まって議論をおこなうという目的で毎年開かれており、1994年にフランスで第1回が開催されて以来、今回で8回目の国際会議である。このワークショップは招待された研究者のみが参加する形式でおこなわれ、日本からは8名が参加した。米国テロの影響もあって、全参加者数は当初の予定よりも少なめの80数名であった。

 今回は題名を見てもわかるが、対象物質を高温超伝導体に限っておらず、低温超伝導体NbSe2、(Ba,K)BiO3や新超伝導体MgB2などの発表も少なからず見られたが、やはり高温超伝導体の渦糸状態を理解しようという流れが根底にあったように思われた。招待された参加者からさらに選ばれた口頭発表を中心に簡単に内容を紹介したい。もちろん発表全部をここで網羅することはできないので、さらに詳しく知りたい方は、http://cabbat1.cnea.gov.ar/bt-pages/Vortex/からアブストラクト集がダウンロードできるので参照していただきたい。

 高温超伝導体の研究によって理解が完全に変わったと言っていいのは、やはり渦糸相図についてであろう。従来では、下部臨界磁場Hc1以上でAbrikosovの三角格子を組んだ磁束格子の状態が上部臨界磁場Hc2で常伝導状態に転移するという比較的簡単な描像により理解されていた相図が、高温超伝導体では大きな熱ゆらぎと乱れの効果によって、非常に複雑で多彩な相図となることが明らかになってきた。特に、氷が解けて水になるように、Hc2よりもはるかに低い磁場で磁束格子が解けて磁束液体となり、その転移が1次相転移であるということは、1995年以降盛んに議論された。現在に至っても、その相図の完全な理解というものには至っていない(逆にいうとそれほど物理がリッチであり数多くの研究者を魅了してやまない)が、今回の会議で、徐々にコンセンサスが得られてきている部分が増えてきているという印象をもった。

 Zeldov(Weizmann)らは、低温で見られる磁化の第2ピークにおいて1次相転移が起こっている熱力学的な証拠を見つけた。この結果によりジョセフソン・プラズマ共鳴や磁気光学顕微鏡を用いた測定により提唱された1次相転移ラインが低温まで続いているということが確かめられたことになる。温度低下とともに徐々にその特徴が熱主導によるものから低温では乱れ主導による1次相転移に変化していると主張している。Hu(NIMS)らはMonte Carloシミュレーションから低温での1次相転移を支持しており、さらにより高磁場にもう1本の1次相転移があることを示唆する結果を出している。Yeshurun(Bar-Iran)らはLSCOの磁化の第2ピークの温度依存性を説明するためには熱の効果と乱れの効果を同時に考えなければならないとしている。Klein(Grenoble)らはBKBOにおいて小角中性子散乱の実験から、低温低磁場における磁束格子が、Braggピークが見えるが、秩序がべきで減衰する弱いものであり、Braggグラス相と呼ばれる相が実現していることを見出した。Braggグラスの概念はNattermann(Koln)により最初に提唱され、Giamarchi(Orsay)とLe Doussal(Paris)により命名された。以上のように低磁場でBraggグラス相が実現され、それが1次相転移ラインによって、高磁場のより乱れた状態(高温では液体相、低温では乱れた固体相)に転移するというところは異論のないところとなってきている。このような1次相転移は従来超伝導体であるNbSe2でもピーク効果としてみられており、Ling(Brown)らは中性子散乱により、Jung(Weizmann)らはノイズ測定により、Andrei(Rutgers)らは輸送特性により、それぞれこの問題に取り組んでいる。より、高磁場における相図は未だ完全な理解には程遠いが、Marcenat(Grenoble)らはYBCOの比熱と磁化の~26Tまでの測定から、磁化が可逆である液体状態において2次相転移を示す比熱の異常が観測され、第2の液体状態の存在を主張している。Shibauchi(Kyoto)らはBSCCOにおける〜60Tまでのc軸抵抗測定から、低温極限での量子液体状態が異常に広いことを報告している。これらの特異な液体状態の理解は今後の課題のひとつであろう。

 以上の相図は主にc軸方向に磁場をかけた場合であるが、最近とくに進展のあったのはc軸から傾いた方向に磁場をかけた場合の渦糸状態についての実験であろう。理論的にはKoshelev(Argonne)により、c軸方向の磁束であるパンケーキ型の渦糸とab面内の磁束であるJosephson型の渦糸の2種類が混在する交差磁束状態がとくに層状効果が大きいBSCCOで実現していることが提唱され、さらに今回彼はそれぞれの磁束間に働く相互作用について論じた。BSCCOにおけるこのような磁束状態に対する実験は日本の研究者の寄与が大きく、Tamegai(Tokyo)らは局所磁化測定および磁気光学顕微鏡観察から、Kadowaki(Tsukuba)らは電気抵抗測定から、c軸から傾けた磁場下での相図を決めている。一方、ab面内方向に正確に磁場をかけた場合についても進展があり、Hirata(NIMS)らはBSCCOの微小固有接合のフロー抵抗が振動する現象を見出し、その振動周期から、Josephson磁束が低磁場では三角格子、高磁場では四角格子が実現していることを発表した。Zhukov(Southampton)らはより異方性の小さなYBCOにおけるab面内磁場下での相図について磁化および抵抗測定から議論した。

 渦糸物理の進展はイメージング技術の進展が非常に重要な寄与をなしてきており、このワークショップにおいても毎回のように新しい渦糸の観測が報告されてきた。今回は、Johansen(Oslo)らが磁気光学顕微鏡観察でNbSe2で渦糸1本1本の直接動的観察に成功した。渦糸のダイナミクス観察はローレンツ顕微鏡が有名であるが、より簡便で試料の厚さの制限を受けない方法で観察に成功したのは驚きである。彼らはまたMgB2薄膜で樹枝状の磁束進入を見出している。Leiderer(Konstanz)らはナノ秒レベルでの磁気光学観察を可能にしたという報告をおこなった。また、Marchevsky(NEC)らは走査型acホール素子を用いてNbSe2のピーク効果近辺における磁場分布の変化を議論した。

 その他、Blatter(ETH)らにより2本の渦糸がどのように衝突するかという問題が、Kogan(Ames)らやSilhanek(Bariloche)らによりボロカーバイドにおける非局所性の問題が、Kolton(Bariloche)ら、Kokubo,Besseling(Leiden)ら、Valenzuela(Buenos Aires)らにより渦糸のダイナミクスの問題が、それぞれ議論された。また、薄膜におけるピニングについてvan der Beek(Polytechnique)らが、強磁性-超伝導多層膜におけるピニングについてBulaevskii(Los Alamos)らが、周期のあるピニングを持つ系についてWijngaarden(Vrije)らやReichhardt(Los Alamos)がそれぞれ発表をおこなった。個人的には渦糸の電子状態についての発表が比較的少ないと感じられた。Matsuda(ISSP)らがNMRによる渦糸の電荷とコアの状態密度について議論し、Vinokur(Argonne)らがメゾスコピックな超伝導ディスクにおける電子状態の計算について発表した。渦糸の電子状態の理解について、今後の展開に期待したいところである。

 最後にBarilocheという素晴らしい景色の場所で、天気にも恵まれ、大変よくオーガナイズされており、ワークショップは成功したといっていいだろう。Civale(Bariloche)をはじめとする世話人の方々へ感謝したい。次回はKonczykowski(Polytechnique)が世話人となり、1年半後の2003年夏にフランスで開催される予定である。

(京都大学工学部:芝内孝禎)