SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.10, No.6, Dec. 2001

4.金属テープ上Y系超電導厚膜で臨界電流世界記録
―TFA-MOD法で
_超電導工学研、フジクラ、中部電力_


 超電導工学研究所と(株)フジクラ及び中部電力(株)は2001年9月19日、低コスト化が可能なY系酸化物超電導材料の線材化技術の開発に成功したことを公表した。多結晶のハステロイ合金テープ上にフジクラ、中部電力が開発したIBAD法YSZ中間層を形成し、超電導工学研の開発した塗布法で膜厚1ミクロン、Jc= 1.6 MA/cm2、Ic*=153 A/cm-width(77 K)を達成したもの。膜の厚みを倍化できたことが大きな特色である。

 これまでの開発では、Y系超電導線(テープ形状)を作製するには、パルスレーザ成膜(PLD)法など気相からの成膜が主流となっている。今回の発表は、非真空中で、塗布法による、TFA-MOD法と呼ぶ方法で超電導線を作製するものである。この方法は、これまで、膜を厚くすることが困難で、線材に流し得る電流値Ic*を大きくとることができなかった。今までは米国での71 Aが最高であったが、今回、電流密度特性を下げることなく、数回の膜塗布を繰り返すことにより、膜を厚くし、150 A以上という大きな電流値を得ることに成功した。非真空中での作製であることから、設備費も少なく運転費はPLD法などに比して1/100以下にもなる可能性があり、低コスト化の実現に一歩近づいたことも大きな成果である。

 高温超電導線材開発においては、ビスマス系超電導体を用いた銀シース線材での開発が先行している。しかし、同線材は磁場中での特性が低下してしまうという課題がある。この課題に対して、液体窒素温度(77 K)で磁場中で電流特性に優れているRE123系(RE=希土類)酸化物超電導材料を用いた次世代線材の開発が日米を中心として進められている。この開発には、1)高臨界電流密度Jc 、2)高臨界電流Ic 、3)低コスト化等が求められている。低コスト化のためには、作製方法が簡単で大規模な真空チャンバーが不要である、化学液相法が適していることが知られている。特にTFA-MOD法は、薄膜では高い臨界電流密度が得られる有望な手法である。しかしながらこれまでは高い臨界電流密度を維持したままの厚膜化は困難であった。

 この度の発表は、IBAD法中間層の上に、TFA-MOD法により、電流密度が劣化することなく、超電導厚膜の作製に成功したもの。この方法では、膜厚が厚くなると、結晶が不揃いとなり、電流密度特性が劣化する嫌いがあった。そこで従来は、薄膜を数回塗布するマルチコート法での開発が試みられていたが、2層目以降を重ねても、一層目の臨界電流値以上の電流が流せないという報告が多かった。

 この点に関して、超電導工学研チームは、1)マルチコート法前駆体作製用仮焼条件の適正化を行う事により均一で緻密な前駆体作製に成功した。2)上記前駆体を用いて、超電導相生成のための本焼条件の適正化を行った。具体的には、低水蒸気分圧条件での焼成で厚膜での高品質結晶膜育成を実現した。3)最後に、上記技術開発をIBAD法による金属基板を用いた高配向中間層上への上述適正条件を適用し、高臨界電流特性を実現した。

 金属基板上でのTFA-MOD膜としての臨界電流密度の報告例は、ASC社の2.1 MA/cm2が最高であったが、今年始めには超電導工学研において2.5 MA/cm2の臨界電流密度を得ている。しかしながら、厚膜では、ASC社の0.4ミクロン(Jc= 1.9 MA/cm2、Ic*=71 A/cm-width)が最高であった。従って、今回の発表における膜厚が1ミクロンでJc= 1.6 MA/cm2、Ic*=153 A/cm-widthという臨界電流値はIc*で倍増を達成したことになり現状での世界最高を示すものである(10mm□サイズで実現)。

 高臨界電流密度特性を維持したまま多結晶金属基板上での厚膜形成を実現したことにより、日米で開発競争が続いているY系超電導線材プロセスにおいて大きな前進をしたことになる。

 この成果は、超電導工学研究所第4研究部の本庄哲吏、富士広、和泉輝郎研究員らが進めてきた厚膜TFA-MOD膜作製条件の適正化とフジクラ(飯島康裕研究員ら)、中部電力(長屋重吏チームリーダーら)が開発したIBAD法により作製したYSZ中間層上へ成膜することによって実現できたものである。

 多結晶金属基板を用いるY系テープ線材は、液体窒素温度でも高磁場まで臨界電流が劣化せず、また、線材のコストを画期的に低減できる可能性を有しているが、TFA-MOD膜作成法は量産に向いた溶液からの超電導層形成法として注目されている。しかしながら、これまで超電導層の厚膜化が最大の課題であった。厚膜化はそのまま個々のテープに流すことのできる臨界電流を決めるからである。今回の発表は多層塗布プロセスへの可能性を開いたことになる。今回発表の試料は10mm□サイズであり、今後、もう一つの技術課題である長尺化の研究へと進むことができるものと見られる。

 多結晶金属基板を用いるY系テープ線材は、開発の進んでいるBi系銀シース線材に対して、次世代線材として液体窒素温度での磁場特性を画期的に高めるものとして日米の国家プロジェクトとしての開発が進められてきたが、これが実現するとケーブルやマグネット、種々の電力機器への高温超電導の応用が本格化するものと考えられる。本プロジェクトを開発指導してきた超電導工学研究所線材研究部門統括の塩原融第4研究部長は「TFA-MODプロセスはもともとMITのM. J. Cima教授が酸化物単結晶上の高Jc薄膜作製技術として開発したものであり、この2〜3年、Y系テープ線材開発のなかで将来低コスト化に繋がる最有力候補のプロセスとして注目され、世界中で研究開発が進められている。

 これまで、TFA-MOD法はサブミクロン厚の薄膜で1 MA/cm2の高Jc値を優に達成する非真空低コストプロセスとして十分認知されていたが、実用テープ線材として重要な高Ic値の達成に多少危惧があった。今回の開発でミクロン厚に対応するプロセス条件に目処がついたものと考えられ、今後、線材長尺化に向けての開発を進めて行くことにより、熾烈な日米開発競争で優位に立てるものと思う」とコメントしている。

(相模)