SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.10, No.6, Dec. 2001

14. マルチバンド超伝導体CuxBa2Ca3Cu4Oy(Cu-1234)でぞくぞくと新現象


 一つの超伝導体の中に超伝導を特徴づけるTcが二つ存在するなど、マルチバンド超伝導体特有の現象が、CuxBa2Ca3Cu4Oy(Cu-1234)で次々に見つかっている。

 Cu-1234は、1993年11月に電子技術総合研究所(2001年4月から産業技術総合研究所に統合)の伊原英雄氏と当時東京理科大学の大学院生であった常盤和靖氏(現東京理科大学基礎工学部電子応用工学科助手)らによって発見された。伊原氏(産総研エレクトロニクス研究部門超伝導材料グループグループリーダー)を中心に、渡辺恒夫氏(東理大基礎工教授)、北岡良雄氏(大阪大基礎工教授)、浜田典昭氏(東理大理工教授)、寺田教男氏(鹿児島大学工学部助教授)の各グループの8年にわたる共同研究の過程で、新超伝導現象が次々に見出されてきている。これらは、上記のメンバーに大嶋重利氏(山形大学工学部教授)のグループを加えて1998年にスタートしたCRESTプロジェクトの成果である。

 オーバードープ状態での高Tc維持等Cu-1234における異常物性は、系統的な輸送現象の研究により、渡辺氏により早くから指摘されていた。これらが、結晶学的に異なるCuO2面における異なったドーピング量に起因するものだということが、浜田氏のバンド計算、徳永陽氏(大阪大学北岡研)のNMRの測定から明らかになった。その過程で、結晶学的に異なるCuO2面で超伝導転移が異なるという見解が徳永氏によって初めて提出された。グループ内でも解釈の差はあるが、基本的には、超伝導に寄与する2種類のCuO2面(またはバンド)のうちTc=118 K 以下でBCS的にギャップが発達するのは、どちらか一方だけであり、もう一方のギャップの発達がBCS的になるのは、より低温の60 Kであるという説明である。いわゆる二つのTcの存在はY-123で議論されたことはあるが、賛否両論がありこの系では決着がついていない。一方Cu-1234では、白川直樹、伊豫彰、田中康資、池田伸一各氏(いずれも産総研)の協力により比熱の精密測定が成され、二つのTcに相当する二つの異常が観測され、NMRの結果とあわせてその存在は確定的となっている。このような現象は、高温超伝導体はもとより、従来の超伝導体も含めて報告例がない。

 一方、これらの現象はCu-1234にかぎらず多層型高温超伝導体共通の物理であると考え、小手川恒氏(大阪大北岡研)、徳永氏、常盤氏、伊豫氏らは物質開発とNMR測定を組み合わせた研究をすすめ、二つのTcが出現する条件を突き止めている。最近は酸素17置換の新手法も伊豫氏によって開発され、酸素のNMRからも二つのTcの存在を裏付ける結果が得られている。

 研究グループでは、一つの超伝導体に複数のバンドがあり、それぞれに半独立状態の超伝導オーダーパラメーターが立つ、いわゆるマルチバンド超伝導体というモデルも新現象の理解の一助になると考えている。このようなモデルは、1959年に遷移金属超伝導体のモデルとして提案されたが、単一バンド超伝導体と一線を画す現象がおきる典型物質がなかった。Cu-1234ははじめての典型物質である。

 マルチバンド特有の散乱線はラマンスペクトルにも出現する。1990年代後半からCardonaらによって報告され、最近では超電導工学研の田島節子氏らによっても言及されるこの散乱線は、多層型高温超伝導体に共通に観測される。ISS2001の田中氏の発表によれば、格子振動と超伝導オーダーパラメタ-の揺らぎの結合モードと考えれば温度変化や共鳴条件が自然に説明できるという。

 「新現象以外に、マルチバンドの基本物性に及ぼす影響も無視できない。たとえば単一バンドでは実験手法にあまり依存しなかった異方性の値が、Cu-1234では実験手法ごとに大きく異なっている。結論はまだ出ていないが、マルチバンドの効果がある可能性は強い」と田中氏は語り、単一バンド超伝導体とは異なる体系がマルチバンド超伝導体で必要になっていることを力説する。マルチバンド超伝導体では、バンド間の相互作用に端を発するソリトンの存在も予言されており(Tanaka, Phys. Rev. Lett. 印刷中)、新しい超伝導エレクトロ二クスに発展する可能性もある。物質開発を中心とした、理論的、実験的研究はこれからますます発展すると考えられる。

               

(じゃもが)