SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.10, No.5, Oct. 2001

7.Tri-Phase Epitaxy法によるNdBa2Cu3O7-y単結晶薄膜の育成
_東京工業大学_


 超伝導デバイスは、半導体素子より2桁高速でありながら、3桁少ない消費電力で動作することから、21世紀に爆発的に加速することが予想される二つの分野、即ちエネルギ−とIT技術の問題解決に対応できる潜在能力を秘めている。1986年の高温超伝導体の発見により、冷却に液体ヘリウムを必要としない幅広い応用への可能性が開けたが、材料的な問題により、デバイス応用は進んでいない。その原因は、ひとえにこれら多元系複合酸化物薄膜の品質が、シリコンやガリウム砒素のそれに比べてあまりにも低いためである。この問題の根本的解決を図るために、東京工業大学総合理工学研究科鯉沼秀臣教授・川崎雅司教授(東北大学金研に本年より転出)のグループは、従来の薄膜合成法の概念を打ち破り、気・固相界面に液相を共存させるTri-Phase-Epitaxy (TPE)法を開発した。TPE法の概念と予備的な結果は1997年の応用物理学会から発表されているが、最近では真に単結晶と言える製膜技術へと発展してきた。(2000年度MRS Fall Meeting、2001年度ISEC、ISS'01等に鯉沼研のYUN氏が成果を報告している)

 最近の高温超伝導研究は薄膜を用いたデバイス作製が主流である。しかし、これまでのいわれるエピタキシャル薄膜作製技術で作製された高温超伝導薄膜は、デバイスへと応用するには、十分な品質ではない。スパッタリング法やPulsed Laser Deposition (PLD)法等、非平衡プロセスであるこれらの方法により作製された多成分系酸化物薄膜では、薄膜の内部に欠陥や析出物の発生が避けられない。これらの欠陥や析出物はトンネル接合やマイクロ波デバイス等の高温超伝導デバイス開発において大きな障害である。TPE法の目的は、既存の気相法や液相法とは根本的に異なる方法からアプローチし、薄膜の品質を大幅に向上することである。気相から材料を供給し、液相を介して固体状態の薄膜を形成するという新成膜方法を提案し、このTPE法がPLD法より結晶性などが優れていることを示した。

 対象物質としては高い臨界温度(Tc):96 Kを有し、高臨界電流密度(Jc)、高温超伝導デバイスとして最も期待されているNdBa2Cu3O7-y(NBCO)を用いた。TPE法はまず、PLD製膜装置(KrF exicimer laser、 248 nm)を用いて薄いNBCO Seed層をSrTiO3(100)基板上に堆積させた。その後、堆積させたNBCO膜上に液層になるBaO-CuO層を同じ条件で堆積させた。この条件では基板温度がBaO-CuO層の融点をこえるためBaO-CuO層は液体膜として存在しながらSeed層と反応しSeed層にある欠陥などをなくし大きいgrainに成長する。それは断面Transmission Eectron Microscope(TEM)観察によっても証明された。液体層となるBaO-CuO層が安定に存在する平衡条件での作製条件と液層の組成を最適化した。その後、NBCOをPLD法によって気相から液相膜に供給して液相膜内のNBCO濃度を過飽和状態として、NBCOがSeed層との平衡状態を保ちつつゆっくりNBCO結晶が育成される。結晶育成後は室温まで急速冷却し、酸素1atm、300 ℃で200時間annealingした。膜表面に残ったBa-CuO層はBr-メタノール溶液によってエッチングした。相の同定としてX-Ray Diffraction(XRD)、結晶性は4軸XRD、表面、断面観察はAtomic Force Microscopy(AFM)とScanning Electron Microscope (SEM)とTEMにより評価した。電気特性は直流4端子法によって、4.2 Kから室温までの抵抗率の温度依存性を測定し、SQUIDによる磁化率の温度依存性を調べた。

 XRD回折の結果より、作製された膜はc-軸配向でエピタキシャル成長しており、(005)面の半値幅よりPLD法によって作製した膜より非常に結晶性が良いことが確認された。また、SEM、AFM、 TEM観察により表面や断面にgrain boundaryがほとんど存在しないことなどから(図1、図2)、TPE法によって作製したNBCO膜の質が単結晶に匹敵することがわかった。一方、この単結晶グレードの膜はデバイス応用上の重大な問題を抱えていることも明らかになった。TPE法によりSTO基板上に作製されたNBCO薄膜の場合、優れた結晶性を持つため酸素処理後、膜そのものの相転移と基板と膜の熱膨張率の違いによるストレイン効果から直線的なクラックが発生する。その問題を解決するためにSTO/BTO バッファ層を持ったMgO基板上にTPE法によるNBCO単結晶超伝導薄膜を作製し、クラックのない薄膜の作製に成功した。直流4端子法による抵抗率測定によると抵抗率についてもPLD膜よりも低く、単結晶NBCOと同様な値となった。TcについてはPLD膜では最高85 Kであったが、TPE膜では95 Kを示した。このように電気特性においてもTPE膜はPLD膜より優れていることが確認された。

   TPE法で作製されたNBCO膜はPLD法で作製された膜より、結晶性、電気特性が優れており、酸素拡散速度、抵抗率、Tcなどから単結晶膜であることが確認された。この完全結晶技術を超伝導デバイスの分野に適応することにより、遅れていたデバイス研究に画期的前進がもたらされることが期待される。

(Innovation)