熱処理なしで高いJcが得られるのは応用上魅力があるが、加工後に熱処理をすると更にJcが向上するのも事実である。同グループの松本明善氏は上述のテープに数分という短時間の熱処理を施し、Jcの大幅な向上を得ている。熱処理温度が400 ℃付近からJcは上昇し始め、600 ℃では熱処理無しに比べて10 TにおけるJcは一桁近く向上する。ただし温度が800 ℃を越えるとJcは急激に低下し、900 ℃ではJcはほとんどゼロになるとしている。これについて松本氏は、「熱処理によってJcが向上するのは、MgB2粒子の結合が良くなるためであろう。また、加工で導入された歪みによって低下したTcが、熱処理で回復した可能性も考えられる。800 ℃以上でJcが低下するのはステンレス管とMgB2とが反応するからだと考えられる。高温でも反応しにくい金属管を使えばさらにJcは向上するであろう。ただし、熱処理によってJcが向上するからといって、ただ熱処理をすれば良いというものでもない。熱処理にはそれだけコストがかかるわけで、あくまで全体のコストと特性を考慮してどのような熱処理をすべきかを考えるべきだ。コストの上ではなるべく熱処理(特に高温の熱処理)はしたくないわけで、問題は熱処理無しでどこまでJcが上がるかだ」と話している。
さらに同グループでは上述したテープの歪み効果も測定している。ステンレス製のU字型の試料ホルダーに試料を張り付け、ホルダーの両端の距離を変化させることで歪みを与えている。4.2K、5Tの磁界中で試験をしたところ、引っ張り歪みが0.4%程度まではJcは歪みと共に緩やかに上昇し、歪みが〜0.5%を越えるとJcは急激に劣化した。この0.4%歪みに対応する引っ張り応力は0.8 GPaという大きな値である。また〜0.5%という臨界歪みはビスマス系酸化物線材の値と比べて約2倍と大きい。これらの結果について、測定をした同グループの北口 仁氏は、「室温から4.2 Kまで冷却すると、MgB2とステンレスとの熱収縮の違いに由来する圧縮歪みがMgB2コアにかかると考えられる。0.4%歪みまでJcが緩やかに上昇するのは、この圧縮歪みが引っ張りによって開放されるためであろう。0.5%歪み以上でJcが急激に劣化するのはMgB2層にクラックが入るためと考えられる。試験した線材では結晶粒同士の機械的な結合が弱いと考えられ、MgB2コアに真の引っ張り歪みが働くと簡単に結合が切れてしまうと予想している」と話している。
(nhk)