SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.10, No.5, Oct. 2001

5.環境ホルモン除去用の磁気分離技術を開発
 _物質・材料研究機構_


   (独)物質・材料研究機構 強磁場研究グループは、(財)いわて産業振興センター(理事長海妻矩彦)と共同で、Bi2223超伝導マグネットを用いた磁気分離システムの応用研究を行っている。最近、特殊な表面処理を施した磁性微粒子を用いて、排水中の内分泌かく乱物質(環境ホルモン)を分離・回収する技術を開発した。超伝導材料研究開発マルチコアプロジェクトと、岩手県地域結集型共同研究事業のそれぞれのテーマの1つとして推進している中で得た研究成果である。

 環境ホルモン浄化に対するこの共同研究グループの発想の原点は以下のようである。磁性の大きな物質に環境ホルモンがからみ合うように細工し、ここに付着させてから磁気分離で回収すればいいのではないか。しかも超伝導マグネットを使った磁気分離技術を応用すれば、大量の希薄環境ホルモン含有排水からでも容易に吸着・分離できるはずだ。

 多くの環境ホルモンは疎水性を持ち、溶媒が水系で、吸着剤が疎水性であれば、吸着剤に吸着する。この現象は「疎水性相互作用」と呼ばれるが、今回の新技術のミソであった。すなわち、まず、強磁性マグネタイト粒子表面に炭素が18個並んだオクタデシルトリクロロシランを化学結合させ、疎水性を与えて、疎水化マグネタイトを作成した。この1 gを、環境ホルモン作用が疑われているビスフェノールA(以下BPA)が2.7 ppm溶解している水溶液200 mLに添加した。この溶液からマグネタイト粒子を磁気分離し、残った溶液を高速液体クロマトグラフィー(HPLC)で定量した結果、BPA濃度は1/10以下の0.2 ppmに減少した。更に磁気分離を2回行うと、1/100になることも確認した。

 大量の浄化実験では、BPA を70 ppb含んだ約80 Lの水に、疎水化マグネタイト微粒子を37 g(487 ppm)添加、15分間撹拌してから磁気分離したところ、BPAは16 ppbに減少した。さらに、磁場を切り、微粒子を回収し(このとき実験装置内への残留分が約半分)、少量のエタノールで洗浄したところ、約10倍の濃度に濃縮できた。さらに吸着・洗浄を5、6回くり返しても吸着能力が低下しないことを確認した。

 これらの結果より、本システムによれば、大量かつ希薄な環境ホルモン汚染水を、二次廃棄物を出さずに浄化でき、高濃度に濃縮できることを明らかにした。

 今回の技術には、活性炭に比肩する大きな吸着能力と、活性炭では困難な繰り返し利用による二次廃棄物低減という特長がある。また、1分という高速で励磁と減磁が行える高温酸化物超伝導体マグネットの使用によって、低消費電力で大空間に強磁場を発生できることから、小型装置で大量の溶液を高速浄化することが可能である。

 近い将来、環境ホルモンの種類と悪影響が明らかになるに伴い、排出基準や環境基準などの法整備が進むであろう。当然、小型で安価な大量浄化技術が必要になる。今回の技術開発は、このような環境保全分野での超伝導技術のポテンシャルを示した点で注目に値する。しかしまだ産声を上げたばかりであり、実用機器としての成長と成熟が今後の課題である。物材機構の研究課題責任者の小原健司氏も「今回、システム概念の構築ができた。次はシステム要素の最適化が必要だ」とコメントしている。

【環境ホルモン汚染の問題点】

 1996年に米国で出版された、コルボーン、ダマノスキ、マイヤーズ共著の「失われし未来」が、環境ホルモンの危険性を指摘して以来、日本でも「脅かされる生殖機能」という番組が放映されるなど、最近、環境ホルモン汚染に対する関心が高まっている。問題は、環境中に放出されたある種の化学物質(日本では今年2種類が確定し、63種類が疑われている)がわずかでも生体内に入ると、悪影響を及ぼすことである。すなわち、生体中での正常なホルモンは、発生や発育中の(早過ぎず遅すぎず)必要な時期に、(多過ぎず少な過ぎず)必要な濃度で存在して、はじめて正常な働きをする。いわば細胞という工場のラインを動かすスイッチの役目を果たしている。ところが環境ホルモンは、レセプターに対してホルモンと同じ働きをして、不必要なときに工場を稼働させたり、逆に稼働が必要なときに工場をストップ(正常なホルモンの働きを阻害)する。この結果、不要なものが過剰生産されたり、必要なものが不足して、生体が正常に機能しなくなる。
 地球の生命システムを根幹から揺さぶる、この重大な問題の解決には、人間の生産活動を早急に改善し、自然界への汚染源を断たなければならない。すなわち環境ホルモンの流出防止対策を早急に構じなければならない。しかし、現在考えられている従来の活性炭法や樹脂法には、大量処理が難しく、使用済み二次廃棄物が多い難点があった。

                         

(行雲流水)