SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.10, No.5, Oct. 2001

1.金沢工大脳磁気計測システムが海外でも稼動
 _先端電子技術応用研_


  金沢工業大学先端電子技術応用研究所(KIT/AEL:賀戸久所長)では、私学における研究開発のあり方を模索するパイロットスタディーとして、まずは大型の超伝導センサ磁気計測システムの技術開発という課題に取り組み、その成果をあげてきた。KIT/AELの活動は1996年ごろからであるが、現在、KITの設計した6台の大型MEGシステムが世界中で稼動している。

 そのシステムのひとつとして、脳磁気計測システムが上げられる。超電導センサ計測システムは、デバイス、アナログ電子回路、デジタル電子回路、磁気遮蔽材料、磁気遮蔽構造設計、極低温冷却技術、データ収録、データ処理技術という、互いに無相関の多くの要素技術の統合からなっており、どれかひとつの要素技術のみに注力すれば失敗を招く危険のあるきわめて難しいシステムインテグレーションである。多くの企業はこれまで開発を断念あるいは凍結してきた。研究用機器としての狭い市場や、医療機器としては大きな市場が期待されてはいるものの様々な規制などをクリアしさらに大企業が維持できる採算性を達成することの困難さゆえであろう。これまで、脳磁計を市場に投入してきたのは、フィンランド、カナダなど欧米のベンチャーであり、わずかな出荷台数でも政府調達という単価の高いビジネスゆえに、ベンチャーのみが経験的な技術で生き延びてきたものである。

 わが国はおよそ100億近い政府予算を投入し、20-30台の脳磁計システムが、各大学の医学部等に設置されてきた。しかしながら、100億の公的資金による、技術産業の呼び水にはまだなっていない。他の画像診断装置の場合、例えばX線CTも、MRIも黎明期は1台数億の価格であり、政府調達以外での購入は難しいものであった。民間病院が自己資金で購入するということは非常に難しいものであった。しかし、およそ100億の資金で20-30台のシステムが各地の拠点大学、研究機関に設置されると多くの企業が製造販売に参画し、その結果として、出荷台数が増え、価格が下がったのである。

 国内にMRIは3000台、X線-CTは8000台以上あり、MRIは永久磁石型で7000万円、X線-CTは2000万円台になってきている。つまり価格と出荷台数は需給のバランスで決まる自由市場となったといえる。

 MEGはなぜ自由市場が開かないのであろうか。MEG技術が脳医学にとって役に立たないのか、それとも現在出回っているシステムの完成度が自由市場を開くまでにいたっていないのかということである。KIT/AELの立場としては、現在多くのシェアを占めている海外の脳磁計システムは、従来の画像診断装置のような完成度にまだいたってないと見ている。それゆえ、設計思想を新たに構築し産業界にトランスファーして自由市場にMEGシステムを供給することを目標において研究開発を進めてきた。それらの成果の一部は、横河電機株式会社に移転され医療承認を取得している。横河電機はこれから本格的に日本国内の市場に参入する方向である。

 海外においては、KIT/AELの活動に注目する大学や研究機関が次々と共同研究を申し入れてきており、これまでマサチューセッツ工科大学(MIT)、ドイツ連邦物理工学研究所ベルリン(PTB)、メリーランド大学カレッジパーク校(UMD)などが、KIT/AELが設計したMEGシステムを設置し研究を行っている。とくに、PTBはMEGシステムの技術開発を行ってきた研究所であるが、そこがKIT方式のシステムを導入したということは、如何に自力開発でのすべての要素技術を含んだシステムインテグレーションが難しいか、あるいはKITが開発した多くの要素技術が、MEGシステム開発の専門家から見て如何に魅力的なものであるかを示すものである。

 国内に於いては、横河電機経由で慶応義塾大学医学部と大阪市立大学医学部に大型MEGが置かれて、ここでは臨床医学的な用途に用いられている。また小規模(24ch)であるが、脊髄の異常診断などの研究に同様のシステムが東京医科歯科大学に置かれている。

   他のシステムにない技術的特徴は、要素技術の様々なところに秘められているが、一つあげるとすれば、ship-in-a-bottle-approachであろうか。 KFA所長であった Alex Braginsky がKITシステムのデユアをみて、驚嘆の意を表して命名したものである。それまでの低温工学の常識を覆しネックの細い液体ヘリウム容器の中でセンサを組み立てると言う誰も予想しなかったデユアを"発明"した。専門家が見てもどのようにして作ったのか首をかしげたくなるデユア、さらに不透明な容器の中に、細いネックから入る部品のみを用いて、内部にセンサアレーを組み立てる。これにより、大きなセンサを多数収納しながら、ヘリウム蒸発量を劇的に減らすことができたのである。それゆえ、このデユアは短期間の間に日米両国の特許を取得している。

 KIT/AELの活動は1996年ごろからであるが、現在、KITの設計した6台の大型MEGシステムが世界中で稼動している。このように、KIT/AELでは、研究開発を脳磁計のシステム開発を基点としてスタートしてきた。しかし、AELは脳磁計、あるいは超電導センサのみの研究機関ではない。応用物理面では、磁性材料の研究、多点リモート観測システム、超微小電圧計測アンプなどの応用物理的ハードウエアの開発、ソフト面ではMRI自動脳抽出機能や3Dモデリングを供えたソフトの開発など、計測、信号処理などをすでに所有している要素技術とシステム統合技術の上に立って、新たな技術開発を行っている。そのような活動が少子高齢化に向かう社会において大学がさらに発展し、ひいては教育にフィードバックされることを目標にしている。(はくさんのいぬわし)