本研究の方法は、単結晶作製で有名なフローティング・ゾーン法を薄膜に応用したものである。その概略を図1に示す。MgO基板に塗布した粉末原料を赤外線集光炉を用いて完全に融解し、その加熱領域を徐々に移動することによって結晶を成長させる。同様の実験はかなり早い時期に山形大学の大嶋重利教授のグループによって試されていたが、原料物質の蒸発が無視できないことが指摘されていた。またLPE法共通の「ぬれ」の問題(表面張力のため融液が基板上に液滴状に分布し、均一な薄膜が得られない)があった。本研究では、もう一枚の「フタ用」基板を使ってこれらの問題を解決している。すなわち、Bi-2212系融液は2枚のMgO基板の隙間に毛管現象によって浸透し、数μm厚の均一な液相の層を形成する。その結果、加熱領域の移動とともにBi-2212相グレインを大きく成長させることが可能になった。2枚の基板を用いる発想は、MgO基板に偶然入っていたクラック間にきれいに成長しているBi-2212結晶を見つけたのがきっかけという。
図2はBi-2212薄膜表面の光学顕微鏡写真である。これは成膜後Bi-2212相のへき開性を利用し、2枚のMgO基板をはく離して得られる。結晶成長の方向は図の右向きであり、成長とともに基板が露出したクラックも生じている。へき開によって段差を生じやすいのが難点だが、将来的には上部に薄い基板を用い成膜後の研摩で上部基板を除去する方法も可能であろう。光学・電子顕微鏡観察において粒界を示さない領域の大きさは今のところ最大で2 mm×0.4 mm程度、膜厚1?2μmである。このような領域はX線極図形において単結晶的スポットを示し、シングルグレインと思われる。またc軸配向性の目安となるX線ロッキングカーブの半値幅は0.1°未満という良好な値が得られている。as-grown試料はややオーバードープ領域にあると思われるが、そのTc(ゼロ抵抗転移で定義)は87 Kであった。
現在このLPE膜を用いて、東北大学未来科学技術共同研究センターの山下努教授、同大学院生の川江健氏らのグループによってFIBを用いたスタック加工と固有ジョセフソン効果の評価が進められている。すでに従来の単結晶試料と同様の明瞭な分枝状電流?電圧特性が観測されており、その結果の公表が待たれるところである。
(FIB)