SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.10, No.4, Aug. 2001

4.フラックス法によるBi2223単結晶作製
_超電導工学研究所_


 超電導工学研究所第2研究部のSergey Lee氏らは、KClをフラックスとして用いることによってBi2Sr2Ca2Cu3O10+z(Bi2223)の単結晶を作製することに成功した。加熱時間や坩堝サイズにも依存するが、典型的には直径0.1-0.5 mmで厚み2-5 mm程度のものが一度で大量に作製できる。この物質の単結晶については、先にNTTの渡邊らがFloating Zone法で作製に成功したことが報告されているが(本誌2000年12月号参照)、月単位の長時間の育成時間が必要であるFZ法に比べて、フラックス法では"極めて短時間で""簡便に""再現性よく"単結晶が得られるというのが特徴である。

 Bi2223は超電導転移温度が100 Kを超える有用な材料であるが、多結晶であっても単相の試料を作ることがむずかしく、相形成を促進するためにBiの一部をPbで置換したり、出発原料の組成比を2:2:2:3からずらしたりして作製されてきた。それは、Bi2212を経てBi2223へ変化するという反応過程に時間がかかり、通常の固相反応プロセス時間内では完結しないことが原因の一つであった。既存のBi系線材の製造においても状況は同じで、チューブ内に仕込まれた原料粉の元素比は化学量論比からずらされており、完成した2223線材に異相が混入することは避けられない。もちろん、この異相物質が磁束ピン止めサイトとして働く可能性はあるが、現実には2223相の体積分率が高いほど臨界電流特性が良いという実験データがあり、2223単相化は応用の面からも強く望まれていた。

 今回の方法では、原料粉をKClに溶かし融液中で反応させるため、相形成が短時間(約15時間)で終了する。反応時間を100時間程度まで長くすれば、0.5 mm程度の大きさの単結晶が得られる。また、化学量論比の原料粉をほぼ100 %目的のBi2223にすることができ、KClは後に水で洗い流せるため、従来の方法に比べて不純物相の混入は極めて少ない。相形成のためのPb添加は必要ないが、従来通りBiの一部をPbで置換した組成のものも全く同様に作製できる。

 作製プロセスの概略は以下の通り。(i)(Bi,Pb):Sr:Ca:Cuの比が2:2:2:3から2.5:2:2:3になるよう原料粉を混合し、希釈硝酸を用いたスプレードライ法で熱風中に噴霧、乾燥し、均質な混合粉を作製する。(ii)それを空気中800 ℃、860 ℃、880 ℃で仮焼し前駆体を作製する。(iii)前駆体とKClを1:4から1:10程度のモル比で混合し、MgO坩堝の中で温度勾配をつけずに865-875 ℃で15-100時間加熱し、室温まで急冷する。

 KClの蒸発を抑えるために坩堝にふたをするなどの工夫は必要だが、ほぼ化学量論比に混ぜた原料を温度勾配をつけずに一定温度で一定時間保持するだけという、極めて単純な方法であることが特徴だ。得られた単結晶を用いて、これまで不可能であった様々な物性測定が可能になり、異方性などBi2223超電導体の本来の姿がようやく明らかにできるようになったと言える。工業的には、この方法が線材製造や厚膜製造に生かせるかどうか、今後の研究が期待される。尚、この研究結果は昨年の幾つかの国際会議(ISS2000, MRS Fall Meeting 2000, Chem-HTSC V)で報告されたが、会議録以上の詳細については現在論文投稿中とのことである。

 この成果に対して東大工学部の下山淳一氏は「Bi2223の単結晶が比較的簡便に得られることになったことは、キャリアの分布やTcの決定因子など様々な議論を呼んでいる単位構造中に3枚のCuO2面を持つ銅酸化物超伝導体の本質的な物性の解明を加速すると思われる。さらにFloating Zone法では困難なPbドープに成功したことは、その物性評価によってBi(Pb)2223線材の粒内特性の理解と改善指針が得られるだろうし、様々な貼りあわせ方のバイクリスタルの研究ができれば、高い通電Jcを実現する結晶結合の様式が明らかとなり製造プロセスへのフィードバックが行われると思う。これまで単結晶を用いた基礎研究からの知見が無いまま開発されてきたBi(Pb)2223線材だけに、今後の研究の進展によってその限界が示されるかまた飛躍の方法が見つかるか大変興味深い。」とコメントしている。

(Violet)