SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.10, No.4, Aug. 2001

3.カーボンナノチューブにおける1次元超伝導を発見
 _香港科学技術大学_


 香港科学技術大学 (Hong Kong University of Science and Technology) のPing Sheng 教授らのグループは米国科学雑誌Science (vol. 292, p. 2462) にカーボンナノチューブが絶対温度20ケルビン以下で超伝導になると発表した。ナノチューブは炭素からなる円筒状の分子で、最近流行の自己組織化によって形成され、ほとんど乱れのない原子配列を持つ。また構造は硬く強固で良い電気伝導体でもある。このためマイクロエレクトロニクスへの応用研究も進んでいた。ナノチューブには様々な直径や巻き方のもの、さらにこれらが同心円状に多層になったものが存在する。今回超伝導が確認されたのはゼオライトの結晶中に育成された直径が僅か4オングストロームの単層(単壁)ナノチューブである。これは将来ナノエレクトロニクスあるいは分子エレクトロニクスの素材として応用できるかもしれない。

 ナノチューブにおける超伝導はある意味で予想されていた。まず、炭素原子のみからなる超伝導体はC60フラーレンが既に知られており、超伝導転移温度は最高で52 Kに達している。超伝導化のためにはFET構造を作ってホールを注入するかアルカリ金属をドープして電子を注入することが必要であるが、分子構造からみるとナノチューブはフラーレンの親戚である。またナノチューブを超伝導線で挟んでやるとナノチューブに超伝導電流が流れる。これは近接効果として知られる現象で、金属を2つの超伝導体でサンドイッチにするとこの金属が超伝導になることを示している。理論的にもナノチューブの超伝導は予測されていた。理論計算は、壁の曲率が大きいほど電子-格子相互作用が大きくなることを示しており、香港グループの非常に細いナノチューブにおける超伝導探索の動機のひとつになっていたと思われる。非常に細い単壁ナノチューブをゼオライト結晶を利用して育成するというユニークな手法を確立していた香港グループがこの発見の栄誉を勝ち取ったと言える。

 香港グループはナノチューブにおける超伝導の証拠としてマイスナー効果、超伝導ギャップおよび電気伝導率の温度依存性をあげている。1次元の場合には巨視的な(長距離秩序ともいう)超伝導は絶対零度においてのみ実現される。絶対零度から平均場の転移温度Tc0までの温度範囲では、超伝導は完全に破壊されるわけではなく短距離秩序としての超伝導が実現され、様々な超伝導を特徴付ける現象は強い超伝導揺らぎによって支配される。図1がマイスナー効果を示す帯磁率の測定結果であり、通常の3次元超伝導体では帯磁率がTc0で不連続に変化するのとは対照的に、緩やかな温度変化を示している。1次元の場合の揺らぎ超伝導にみられる帯磁率の理論計算とも良い一致を示し、平均場の転移温度はTc0 = 15 K 、さらに(絶対零度における)磁場侵入長は39オングストロームと見積もられた。磁場侵入長はナノチューブの直径より十分短いため、磁場が完全に排除されることはない。さらに、理想的な1次元伝導体では(当然ながら)電子は軸方向にのみ運動することができる。したがって軸方向に磁場を印加しても遮蔽電流は流れ得ず、マイスナー効果は起こらない。実験結果もこれと矛盾しない。さらに電流-電圧特性から見積もった超伝導ギャップも1次元揺らぎに特徴的な温度依存性を示している。これまでに有機超伝導体における擬1次元超伝導は報告されていたが、これほど見事な1次元超伝導を示す物質は存在しなかった。ゼオライトをスペーサーとして用いることによって隣接するナノチューブ間の相互作用を断ち切ることができたことが、この実験の鍵となっている。

 この研究で明らかになった問題点のひとつは、ナノチューブが長くなると恐らく原子配列の欠陥によると思われる影響がでてくることである。試料が長くなるほどこの障壁の数が増え、その中の少なくともひとつの障壁は超伝導電子対のコヒーレントなトンネルを阻害するようである。このため超伝導電流自体が流れなくなってしまう。超伝導電流を観測するためには試料を短く整形し障壁を排除する必要があり、これが50ナノメートル以下という試料長の制限を与えている。超伝導になるナノチューブの各セグメントの長さは約100ナノメートルということになるが、それでも実用化の可能性はある。香港グループのSheng教授は「例えば、ゼオライトの代わりに金属の母体の中に超伝導ナノチューブを埋め込んでやれば近接効果によって全体を超伝導化できるかもしれない」と主張している。

 1次元超伝導という舞台設定を作り出したという点で香港グループの研究は評価できる。1次元金属は通常パイエルス不安定性のために構造変化を起こして絶縁体化してしまう。しかしナノチューブでは強固な分子構造のために構造が変化せず、1次元金属状態が実現できたのであろう。しかし、あまりにも1次元の性格が強いため電気伝導は揺らぎによって支配され、ゼロ抵抗という超伝導の特徴を生かすことができない。他の超伝導に由来する現象も事情は同じである。応用へ向けての次の目標は、ナノチューブ間の相互作用を大きくして3次元的な強固な超伝導状態を実現することであろう。さらには、C60フラーレンのようにナノチューブにキャリアをドープして超伝導転移温度を上昇させることも価値ある挑戦である。理論計算によると枝豆のようにリチウムを4オングストローム直径のナノチューブの中に導入できる可能性がある。カリウムもまた導入できるかもしれない。もしも銅酸化物高温超伝導体のように液体窒素温度級の転移温度が実現できたならば、ナノエレクトロニクス或いは分子エレクトロニクスへの応用研究がより加速されるであろう。

        

(TPH)