SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.10, No.4, Aug. 2001

15.高磁場・高勾配磁場下での物理と材料科学
―フランスにおける新磁気科学研究―


 近年、国内で新磁気科学分野の研究が盛んになっているが、そのブームの起源は1991年にフランス・グルノーブルで行なわれた強磁場による水の浮上実験である。このインパクトの大きな実験を行なったフランス国立科学研究センター(Centre National de la Recherche Scientifique, Consortium de Recherches pour L'Emergence de Technologies Avancees)のDr. Eric Beaugnonが先月来日し、低温工学協会の新磁気科学調査研究会において講演を行なった。

 講演では、水やプラスチックなど種々の反磁性物質の磁気浮上に成功して以降の、グルノーブルにおける新磁気科学分野における研究の進展に関して紹介された。

 まず、酸化物超伝導体や合金などの溶融凝固過程の解析手段としての強磁場の利用について述べられた。これは、高温で物質の状態変化に伴い、磁化率が変化する事を利用したものである。120 mmfの室温ボアを有する8 T超伝導磁石中で、磁気力が最大となるところ(磁場と磁場勾配の積が最大の位置)に、坩堝に入れた試料を固定し、磁場の影響を受けないように十分遠くに離した電子天秤に機械的に接続する。試料の磁化率が変化すれば、試料に働く磁気力が変化するので、電子天秤の重量測定により、磁化率変化を知ることができる。Y系酸化物超伝導体に関する測定からは、焼結、溶融や凝固、酸素の出入りが起こっている温度領域を知ることができ、これらの情報から、特別なイベントの起こる温度領域を知り、それ以外ではすばやく温度変化をさせることで、効率的な溶融凝固プロセスの設計を行なうことができる。これによって、種結晶無しで45 mmfの溶融バルクの作製ができたという。同様の手法を利用した溶融凝固プロセスの研究は、Co-Sn、Co-B系の合金に関しても実施しているといい、組織制御などの面で興味深い結果が示された。

 次に、磁場を利用した材料の配向制御に関する考察とその実施例が紹介された。よく知られている、材料の磁気的異方性と形状異方性による磁場配向のほか、磁場の不均一のために生ずる磁気力のアンバランスも含めた考察がなされ、数種のセラミックファイバーを使った粘性溶液中での検証実験や、炭素繊維と銅粉の混合体の磁場配向複合試料作製への適用例について述べられた。

 磁気浮上に関しては、空間的なポテンシャルエネルギー分布に関する計算から浮上条件の解説、また、最近の実験に関して紹介された。初めて水の磁気浮上に成功した実験は、グルノーブルの強磁場実験施設のハイブリッドマグネットを用いて行なわれたが、最近では、Oxford社製の16.5 T超伝導磁石(4.2 K運転の場合. 2.2 Kでは18.5 Tまで印加可能)を用いて行なわれている。この磁石は33 mmfの室温ボアを有する。このボア中で、エタノールの液滴を2つ浮上させた場合、互いに接触しあうものの、すぐには結合しないという現象が観測された。これに関して、接触と結合のどちらの時点で電気的な接触が得られるのか(結果は結合の時点)、1つの浮上液滴を回転させ、キャピラリー先端に形成した第2液滴と接触させる事で回転を減衰させ、その所要時間から接触の状態を予測する、などの解析の試みについて述べられた。その他にも、エタノール浮上液滴の振動から、表面張力の見積り(文献値と一致)や、磁場分布から予想される浮上体形状の考察が紹介された。

 今回の講演は、随所に実験のビデオも用意されており、わかりやすく興味深いものだった。Beaugnon氏は30代半ばと若く、熱のこもったトークだった事もあり、講演とディスカッションは予定を大幅にオーバーし、3時間にも及んだ。Beaugnon氏らのグループでは、物理的な知識と材料科学的な知識を背景として、この分野での研究を進め、多くの興味深い成果を得る一方で、他の研究者に強磁場を提供する事で様々な分野での新磁気科学研究の展開を図ろうとしているようであり、今後の動向が注目されると感じた。

 なお、次回の同研究会は、10月中旬から11月までの間に開催される予定(講師未定)。参加には低温工学協会の会員である必要はなく、興味をお持ちの方は誰でも歓迎という。参加希望、問い合わせは、主査の東京大学新領域創成科学研究科廣田憲之助手(tel 03−5841−8389, fax 03−5841−7195)まで。

(les Bleus)