SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.10, No.4, Aug. 2001

1.LHC加速器用超伝導電磁石の製造が本格化


 LHCは、2000年11月に運用停止した電子シンクロトロン(LEP)のトンネル(周長27 km)内に設置される重心系で14 TeVの陽子?陽子衝突型加速器である。これを使って質量の根源であるヒッグス粒子探索を主要目的とするATLASやCMSの実験が行われる。ATLASには我国の実験グループが参加している。

 LHCは、1232台の主双極超伝導電磁石と386台の主四極超伝導電磁石の他に、実験衝突点付近の強収束四極超伝導電磁石やビーム分離用超伝導偏向電磁石、数千台に及ぶ補正超伝導電磁石で構成される。LHCは8分割され(第1図参照)、Octant当り24セルからなる。ハーフセルは3台の主双極超伝導電磁石と1台の主四極超伝導電磁石で構成される加速器構成の最小ユニットであり、全長53.2 mである。ハーフセルが冷却の最小単位にもなる。主双極、主四極電磁石を初め大部分の超伝導電磁石が1.9 K超流動ヘリウムで冷却される。実験衝突点の低ベータ挿入部には、我が国が分担する強収束四極超伝導電磁石(高エ研で開発)が据付られる。LHCの冷却系は、4.5 Kで18 kW相当の冷凍能力を持つ冷凍機8台で構成される。各冷凍機がOctant(3.3 km)を分担する。LHCで使われる主超伝導電磁石の特徴は、トンネル空間の制限から1ヨーク2コイルのtwo-in-one型であること、高磁場のためNbTi+He II冷却であること、ビーム損失による発熱を考慮することなどである。

 以下に主双極ならびに主四極超伝導電磁石、高エ研が担当している強収束四極超伝導電磁石の開発状況について述べる。

【主双極超伝導電磁石】

 主双極超伝導電磁石は、磁場実効長14.2 m、コイル内径5.6 cmで、8.36 Tの定格磁場(最大経験磁場8.7 T)で運転される。電磁力で導体が動かないように、カラーと呼ばれる構造体を用いてコイルを支持する。当初はカラー材にアルミ合金を用いる設計であったが、最終的にステンレス鋼を用いることになった。主双極電磁石のR&DはCERNが行ってきたが、1 mの短尺モデルにより、製作性、トレーニング、磁場精度などの最終確認が行われた。この結果を基に、欧州の3社(Ansaldo、Alstom、Noell)が5台の実寸プロトタイプを製作した。現在、これらのプロトタイプを試験中である。励磁試験で8.36 Tの定格値をクリアし、9 Tに到達している。また、磁場精度(1×10-4以下)に関しても問題がないことが確認されている。2000年後半には、同3社がプレシリーズとして各30台のマグネット(コールドマスのみ)を受注し、最初のものが既に納入されている。受注額は合計約50百万ドルとされている。最終的には製造会社は2社に絞られ、2002年から本格的な生産に入る。ケーブル、カラー、ヨークなどの主要部品はセルンが支給する。

【主四極超伝導電磁石】

 主四極超伝導磁石は、実効長3.1 m、コイル内径5.6 cm、磁場勾配が223 T/m(最大経験磁場6.9 T)で運転される。Saclay研究所との共同開発で当初2台のプロトタイプが製作・試験され、数回のクエンチの後、定格磁場勾配をクリアしている。その後、一部設計見直しが行われ、新しいパラメータによる3台のマグネットがSaclayで製作された。内1台が2000年3月にCERNに納入、試験され、2回目のクエンチで定格の223 T/mを達成し、3回目のクエンチで241 T/mに到達している。磁場精度に関しても問題がない。

   実機生産に関しては、欧州のACCEL社が受注し、予備も含めて合計400台のコールドマスを2001年6月から2004年末にかけて生産する。会社は製造と常温磁場測定を担当する。受注額は25百万ドルとされている。

【強収束用四極超伝導電磁石】

 強収束四極電磁石は、実験衝突点の両側に据え付けられ、衝突頻度を高めるためにビームを絞る収束作用をする。4箇所で合計32台必要で、高エ研がその内の半分の16台を、残りをFNALが製作する。高磁場勾配(定格値215 T/m)、大口径(直径7 cm)のため、最大経験磁界が9 T近くになる。高エ研が作るマグネットは実効長6.3 m(FNALのものは5.5 m)である。これ等を組み合わせて使う。このマグネットは、衝突点で散乱されたビームでコイルが加熱されるため、冷却を良くしなければならない。そこで、(1)4層コイルで電流マージンを大きくし、かつ機械的には2層コイルの構造とする、(2)鉄による磁場への寄与をできるだけ大きくする構造とする、(3)電磁力支持はヨークで行うなどの工夫をしている。これまでにモデルマグネット5台、実機と同寸法のプロトタイプ2台を製作し、各種性能試験を行ってきた。2001年3月から6月にかけてプロトタイプの低温試験を行った(第2図)。3回目のクエンチで定格値を越え、最終的に合格規準としている230 T/mを達成した。サーマルサイクルでもトレーニングを記憶しており、ほぼ満足できるものである。また、各部の寸法精度を50 mmに管理しており、磁場精度が要求仕様を満足していることが確認された。

 高エ研で開発された技術は東芝に移転され、2001年度から実機マグネットの製作に取り掛かっている。実機は高エ研において低温性能試験を行った後FNALに送られ、クライオスタット内に組み込まれる。両研究所が分担したマグネット32台は2004年までにCERNへの引渡しを完了する。

【日本の貢献】

 LHCに関しては、高エ研で担当している強収束四極超伝導電磁石以外に、アトラス超伝導ソレノイド(高エ研担当、東芝製作)、超伝導ケーブル(古河電工)、オーステナイトステンレス鋼(新日鉄)、高マンガン鋼(川崎製鉄)、低温ヘリウム圧縮機(IHI)、ケーブル絶縁用ポリイミドフィルム(鐘淵化学)などで大きな貢献をしている。一部は既にスケジュールどおり納入され、技術的にも高い評価を受けていることを付け加えたい。

 上記記事について高エネルギー加速器研究機構・新冨孝和教授は「LHCは、超伝導・低温技術なしには成り立たない最先端技術を結集した巨大加速器計画である。SSCが1993年に中止になり、超伝導・低温分野に大きな影響を与えたが、LHC計画がこの分野に与える技術インパクトは大きいであろう。CERNの運営方針として、建設に必要な物品を出資金に応じて各々の国から調達する。一方で、主双極、四極超伝導電磁石はLHCの目玉であることもあり、欧州から調達される。このようなことから、LHCが超伝導、低温技術に携わる欧州企業に与える経済的、技術的効果は極めて大きいものがある。日本政府は1995年にLHCに協力することを決定し、出資したが、それに応じて日本企業から超伝導ケーブル、低温圧縮機などの製品が調達されることが既に決定している。十分ではないにしても、日本企業のこの分野での活性化に役立つことを願う」とコメントしている。

        

(弥次馬)