今世紀初頭に発見されたMgB2新超伝導体は、これまでに精力的な研究が行われ、わずか数ヶ月の間に基礎物性が明らかになってきた。試料合成上の鍵となるポイントは、マグネシウムと硼素の融点の差が1500度もあるという点である。金属管封入や高圧合成といった手法により、良質なバルク試料が作られるようになった。しかし、この融点の大きな差は、薄膜や単結晶を作成する上では大きな障害となり、良質な薄膜や単結晶の登場には若干の時間が必要となった。良質な薄膜や単結晶が合成されれば、詳しい超伝導特性が明らかになるとともに、金属系としては飛び抜けて高いTcを持つMgB2の超伝導発現メカニズムの解明に大きな前進が期待される。また、MgB2は硼素とマグネシウムが交互に積層した、グラファイトのような層状の結晶構造であることから、超伝導特性にも異方性が現れることが予想される。
当初、薄膜のTcはなかなか上昇しなかったが、韓国のグループがPLD法によりTc=39Kの薄膜作成に成功したと発表した。彼らは、PLD後試料を純粋なMgとともにタンタル管に封入し、900℃で数分間ポストアニールを行っている。得られた薄膜の表面状態については言及していないが、同様なプロセスで作成した薄膜において、表面にMgOや余分なMgが顕著に見いだされたと報告するグループもある。
Patnaikらは、早速いくつかの薄膜を用いて超伝導特性の異方性の評価を行った。それによるとγ=HC2ab/HC2c=1.8-2.0である。しかし、測定に用いた薄膜はTcは低くHc2が極端に大きい。彼らはそれを酸素の固溶が原因と指摘している。何がHc2を高めているのかという問題は大変興味深いが、異方性のより精密な評価には、やはり良質な単結晶を使った研究が待たれることとなった。
いち早く単結晶の育成に成功したのは、物質材料研究機構の徐らのグループであった[1]。彼らは、高融点金属であるモリブデン坩堝の中に、MgとBの単体原料を封じ込めて、1500度で焼成するという手法によって、0.5x0.5x0.02mm大の単結晶を得ることに成功した。電気抵抗の温度変化を図に示す。超伝導転移温度はTconset=38.6Kとバルク試料と同様の値を示した。磁場をab面内とc軸方向に印可した場合で、抵抗の振る舞いに顕著な違いが現れている。求めた異方性はγ=2.6と、薄膜で得られた値より大きいものとなった。さらに、超伝導工学研究所のLeeらも高圧合成の手法を用いて単結晶の育成に成功した[2]。彼らの求めた異方性はγ=2.7で、徐らの値に大変近いものであった。高温超伝導体に比べると、MgB2の異方性はそれほど大きくはなく、多結晶を用いる超伝導線材の開発にとって大きなメリットといえよう。
[1] cond-mat 0105271 M. Xu et al.
[2] cond-mat 0105545 S. Lee et al.
(酔龍)