SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.10, No.3, Jun. 2001

13.高温超電導A/D変換器フロントエンド回路の
100GHzサンプリング動作を実証
_日立製作所基礎研究所_


 (株)日立製作所基礎研究所は高温超電導ジョセフソン接合を集積化したアナログ-デジタル(A/D)変換器のフロントエンド回路(変調器)において温度20 Kで100 GHzの超高速サンプリング動作実証に成功したと発表した。

 この成果は1998年度より、ISTECがNEDOより受託して実施している「超電導応用基盤技術研究開発プロジェクト」(プロジェクトリーダ:田中昭二 超電導工学研究所長)において得られたものである。日立基礎研はこのプロジェクトに参画し、高温超電導体を用いたジョセフソン接合の作製技術や単一磁束量子回路の研究・開発に取り組んでいる。今回、汎用的な回路であるA/D変換器を研究対象として、その基本となるフロントエンド回路である変調器を試作し、高温高速動作を実証した。これにより、高温超電導体を用いた単一磁束量子回路の実用化に向けた研究が一層加速すると予想される。

 本誌(スーパーコム)でもたびたび報告されているように、現在,超電導エレクトロニクスでは単一磁束量子(SFQ)回路と呼ばれる方式が主流である。超電導現象に基づく単一磁束量子は、幅が数ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)の電圧パルスとして伝搬するため、100GHzを超える超高周波帯域で動作する回路の実現が期待できる。高温超電導体を用いて単一磁束量子回路を作製できれば,大きな超電導ギャップを反映した高いIcRn積を有するジョセフソン接合を適用することにより、高温領域での高速動作実現が可能となる。しかし、現実的には、回路の基本要素であるジョセフソン接合の特性ばらつきや熱雑音の影響、高温超電導回路に適した低抵抗素子の作製技術など多くの課題が障壁となり、これまで限界性能に近い高速での動作は実現していなかった。

 試作した回路は、オーバーサンプリングΣ-Δ型方式に基づいており、サンプリング信号生成回路と変調器(比較演算回路+積分器)から構成されている。回路は表面改質型ジョセフソン接合を13個集積している。Σ-Δ型方式では比較演算(コンパレータ)回路に、積分器を介して入力されるアナログ信号と高速のサンプリング信号を入力する。これらの和がしきい値よりも大きくなると、磁束量子電圧パルスを1ビットのデジタル信号として出力する。今回、20 Kにおいて比較演算回路を構成するジョセフソン接合の電圧を測定した結果から、サンプリング周波数100 GHzで正常動作していることを確認できた。高温超電導体を用いた超電導A/D変換器フロントエンド回路において、20 K で100 GHzの高速動作を確認したのは、これが世界で初めてである。回路作製を担当する五月女悦久研究員によると、「表面改質型ジョセフソン接合のプロセス工程の検討と各プロセス条件の最適化により、特性ばらつき1-σ=6.6%という、世界トップの均一なジョセフソン接合作製技術が確立できたこと、また、積分器に用いる低抵抗素子(100mU以下)を抵抗素子の構造を工夫して実現したことが技術の特徴である。」と述べている。

 回路設計を担当する齊藤和夫主任研究員は「接合作製技術の研究と並行して変調器を構成するジョセフソン伝送線路、コンパレータ回路など要素回路の検討を行ってきた。この検討の中で熱雑音の効果を取り入れた回路シミュレーションを駆使して接合の特性条件を明らかにし、回路作製に反映できたことが動作実証に結びついた。」と、高温超電導ならではの設計手法が必要であったことを強調している。

 さらに、本研究を統括する高木一正主管研究員によると、「今回の成果は高温超電導体を用いた回路の実用化に道を拓くものだ。ただし、後段のデジタル信号処理回路の構成および実現方法、グランドプレーン上の接合作製技術など課題は多い。これらの課題をクリアして、高温超電導単一磁束量子回路のさらなる研究・開発の加速を図りたい。」と述べている。

(ら2号)