SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.10, No.2, Apr. 2001

5. 磁気アルキメデス浮上分離法による固体粉末分離


 これまでの磁気分離システムの主流は、鉄などの強磁性体を磁石で取り出すことによって、分離精製するというものである。また、プラスチックやガラス、その他多くの有機物や無機塩類の磁気分離に関しては、そのもの自体の磁性を利用した磁気分離は非常に難しいが、強磁性物質を付着させることによって分離することが可能となる。今回、東京大学の北澤宏一教授の研究グループ(廣田憲之助手、院生池添泰弘、植竹宏往氏ら)は、磁気アルキメデス浮上法を利用して、強磁性物質を全く使わずにガラスなどの非磁性固体粉末を磁気分離することに成功した(2001年2月14日付日経産業新聞に関連記事掲載)。

 水やプラスチックなどの反磁性物質は、ハイブリッド磁石のような特殊な大型磁石を用いることにより磁気浮上させることができる。しかし、現在市販されている小型の超伝導磁石では、反磁性磁気浮上は不可能である。ところが、反磁性や常磁性のようなほぼ非磁性物質でも、強い常磁性を示す気体や液体中に入れると、小型の超伝導磁石でも磁気浮上が可能となる。この磁気浮上方法を「磁気アルキメデス浮上法」という。磁気浮上状態においては、宇宙での無重力環境と異なり、浮上物体の安定浮上位置が存在する。この安定浮上位置は、物質の密度や磁化率によってきまることから、2種類以上の異種物質を同時に磁気浮上させた場合、空間的に離れた位置に浮上することになる。その結果、個々の物質は分離されるというわけである。

 実験には、塩化ナトリウム(NaCl)と塩化カリウム(KCl)の粉末が用いられた。常磁性の強い高圧酸素ガスが満たされた耐圧ガラス容器中に、NaClとKClの粉末をそれぞれ50 mgずつ入れて、中心磁場10 T(tesla)の磁場中に挿入した後、ガラス容器を軽く振ると、2種類の粉末は、一瞬のうちにそれぞれの粒子の塊となって浮上した(図1)。同様の実験を、市販のココア飲料粉末を使って行ったところ、ココアとミルクと砂糖の3種類の粉末の塊となって浮くことも確認された。また、水に溶けない固体については、酸素よりも強い常磁性を示す塩化マンガン水溶液中で簡単に分離される。例えば、いろいろな色のガラス粒子を塩化マンガン水溶液中に入れて磁気浮上させると、色ごとに分かれて浮上する。ガラスの色は、中に含まれる元素で決まることから、わずかな組成の違いが磁気分離を可能としたのである。

 この磁気分離方法は、溶媒抽出、再結晶など、手間のかかるプロセスを必要としない簡便なものである。また、わずかな磁化率差や密度差に敏感な精密磁気分離法でもある。しかも、強磁性体を利用する必要性が無いことから、ガラスやプラスチックといったリサイクル可能な物質の大量分離、あるいは医療・工業用薬品など付加価値の高い粉体物質の分離精製、粒子状の有害物質の除去、などにも利用できる。今後の超伝導磁石の更なる発展により、適用範囲はさらに広がることが予想され、新しい分離手段として興味深い方法と思われる。


図1 KClとNaClの磁気アルキメデス浮上分離。
超伝導磁石中心磁場強度は10T。
32気圧酸素ガス中。

(breakthrough)