SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol.10, No.2, Apr. 2001

4. 新物質MgB2に関する声明を発表
_米国ASC社_


 去る3月12日、米国シアトル市で開催された米物理学会のMgB2に関する特別シンポジウムに世界中から800人もの研究者が集まり、深夜に亘り熱心な討論が続けられたと外信は報じている。Nature誌は、“Woodstock West”と評しており、87年の高温超伝導フィーバーの再来を思わせる現況である。(注:Woodstockは東海岸ボストン近郊にあり、ヒッピー華やかなりし時代に熱狂的なロックコンサートが行われた場所。86年の高温超伝導フィーバーは東のニューヨーク・ヒルトンホテルが舞台だった。)

 この新物質の素性や諸特性について、種々の意見が毎日のように新聞紙上を賑わせている。「もっと高いTcが実現する可能性がある。HTSに比べて極めて安価な線材が得られる。中温域(〜20K)の応用分野が拡大するだろう。」などの積極的意見と、「まず新物質の諸性質を究明することが先決である。今までのところ、BCS理論の枠内で理解できるので、HTS程のインパクトは無いだろう。」という冷静な意見に分かれている。このような背景下で、米国のHTS線材のベンチャー企業で、世界のHTS分野をリードしているASC社(American Superconductor Corporation)は、新物質に関する見解を公表した。また、当見解について夫々LTS及びHTS線材の雄である、古河電工及び住友電工に対してコメントを求めたところ、回答が得られたので以下、合わせて紹介したい。

 2月28日、ASC社は最近発見された超伝導ボライド(MgB2)について下記の声明を新聞発表した。ASC社社長のG. Yurek氏は、「我々は、投資家やメデイアから新超伝導物質のマグネシウムボライドについて、多くの照会を受けている。それで、これらの新超伝導物質が将来実用化において、どのような役割を果たすと考えているかを広く公表することが重要との結論に達した。我々は、永年にわたってある種のボライド超伝導体を研究してきた。比較的一般的な物質であるマグネシウムボライドで超伝導性が発見されたことは、大変刺激的である。これは、超伝導性を示す全ての物質の発見に未だ近づいていないこと、将来新たな超伝導物質が発見される可能性を示している。」と語った。

 超伝導体応用の多くは、線材の形に作られることが要求される。超伝導ボライドは、非常に脆い金属間化合物である。丁度、非常に脆い物質であるHTSセラミック酸化物と同じであり、超伝導ボライドから柔軟性と耐久性のある線材を安価に製造する方法を見つけることが課題である。

 「ASC社は、非常に脆い物質から有用な線材を安価に製造する方法を開発することに於ける世界的リーダーとして知られる。このことは、曲がらない物を曲げる方法を創造することだ。我社の科学者は、HTS線材の製造で14年以上も蓄積してきた当社の知識ベースを超伝導ボライドに適用し、新製造法の開発を進めている。これら製造法のいくつかは、HTS酸化物で開発された現在の線材製造技術を改良したものと予想している。そして、これら線材製造技術の応用に対して、パテントで保護する積りである。」とYurek氏は続けた。

 ASC社技術担当常務のA. Malozemoff氏は、「強力でコスト競争力のある超伝導ボライド線材の開発には、多くの仕事が残されている。もし、これらの物質が実用的であると判ったら、実験室から出して市場に投入するには5年から10年を要するだろう。86年に発見されたHTS材料は、丁度今商用化の初期段階にある。」とコメントした。

●超伝導の電力系統応用

 2000年夏、ASC社は初めて電力系統へ商用超伝導製品を導入した。本製品は、D-SMES (Distributed Superconducting Magnetic Energy Storage)と呼ばれ、電力系統の信頼性及び周波数特性を向上できるものである。ASC社は、HTS線も製造しており、プロトタイプの電力ケーブルや工業用モータへ応用している。近い将来の商用電力応用に対応するため、世界初の商用HTS線製造プラントを建設中である。Yurek氏は、「我々はSMESやHTS電力ケーブルが電力系統の周波数特性の向上に大変効果的と信じている。我々は、既に変電所へSMESの初期設置を了ており、初めてHTS電力ケーブルの実系統での運用をデトロイト郊外で次四半期に実施する予定である。超伝導は、今日の米国内に於ける送電系統の限界を突破する潜在力を有している。」と云っている。

●二ホウ化マグネシウムの技術的背景

 ホウ素を含んだ金属間化合物はホウ化物と呼ばれる。或るホウ化物は、数10年前から超伝導性を示すことが知られていた。最近発見された二ホウ化マグネシウム(MgB2)は、金属マグネシウムとホウ素の化合物であり、約40 K以下で超伝導性を示す。二ホウ化マグネシウムは、低温超伝導体(LTS)のような超伝導特性及び諸物性を示すが、臨界温度はこれらの約2倍の高さを有している。

 なお、最近ASC社により商用化が図られているHTS線はセラミック酸化物を用いており、この物質は二ホウ化マグネシウムの約3倍高い110 K以下で超伝導特性を示す。

●可能性のあるホウ化物の応用

 40 Kの臨界温度である限りでは、超伝導ホウ化物の応用は磁気共鳴イメージング装置(MRI)やSMESなどの応用に限られよう。これらの装置は、近年液体ヘリウム温度4 Kで動作する金属系LTS線コイルを使用している。Yurek氏は、「若し、MRIやSMESの運転温度を、二ホウ化マグネシウム線の使用により20 K以上に高めることができれば、ASC社にとっては新たな量産ラインを建設する良い機会となろう。これまで何年間も、脆いセラミック線材の開発を続けてきた経験により、ASC社は実用的なホウ化物線材を造り出すのに相応しい立場にある。この線材は、今日MRIやSMESに使われている金属系LTS線を代替する可能性もある。しかしながら、この線材の商用化についてはまだ長い年月が必要と思われる。」と語っている。

 上記記事について、Bi系、Y系等HTS線材の開発・製造の先行会社である、住友電工エネルギー環境技術研究所の佐藤謙一技師長は、「臨界温度が77Kを超えれば、産業界へのインパクトは大きい。臨界電流密度が、20 K、5 Tで比較すると、ビスマス系(Bi系-2223)超電導線に比べて、1/1000と3桁も低いことも、今後の大きな課題。ビスマス系材料も酸化物セラミックスであるが、住友電工の開発した多芯線技術でフレキシブルになったので、MgB2も脆い材料であるが、今後の知恵でフレキシブルになる可能性もあると考えている。」とコメントしている。

 また、Nb-Ti、Nb3Sn等LTS線材の開発・製造に於いて多くの実績を有する古河電工超電導開発部の和田克則開発室長からは、「MgB2は大変悩ましい超電導体である。今のところTcは中途半端、磁場下のJcは極端に低いし、Hc2も低い。どの特性も現状のLTSやHTSに及ばない。Jcはともかく、TcとHc2は物質固有の値なため、その向上には限りがあろう。一方、その結晶構造は大変シンプルであるという、大きな魅力を有している。第3元素添加による結晶格子の最適化や、MgB2と類似の構造を持つ新物質の探索が世界中で行われており、突然、素晴らしい特性を有する超電導物質が発見される可能性もある。注意深くウォッチしていきたい。」と云うコメントが寄せられている。

(高麗山)