SUPERCONDUCTIVITY COMMUNICATIONS, Vol. 10, No. 1, Feb. 2001.

7.HTSマグネットによる地熱水中の砒素浄化技術の開発
_阪大産研、岡大工、京都工繊、TKX_


 (財)いわて産業振興センター(理事長海妻矩彦)は平成12年度より科学技術庁地域結集型共同研究事業において磁場応用技術の研究開発を行っている。そのテーマの一つが地熱水中の砒素の浄化技術開発であり、岩手大学と文部科学省金属材料技術研究所と共同で推進中である。

 実験場所は、岩手県岩手郡雫石町西根、東方6kmに岩手山、南方5kmに雫石スキー場を臨む葛根田渓谷の谷あい。冬季は日中でも外気温は零下10度近くである。

 ここでは地熱発電所が汲み上げて使った後の大量の地熱水を有効に利用することを目指して、約90度の熱水中に極微量含まれる有害な砒素成分の除去技術の研究を行っている。除去原理に採用したのは磁気分離技術。これは水中の微量成分の高速除去を可能にする技術で、高温はもちろん酸性、アルカリ性の環境において使用することが可能である。さらに、除去処理される物質以外の廃棄物(二次廃棄物という)を排出しないことが特長で、従来技術(活性汚泥や有機溶媒、紙やセラミックフィルターなど)にはない、環境に優しい技術である。なお、今回は、高温超伝導体のマグネットが使われている。

 磁気分離の原理と高温酸化物超伝導マグネットの必要性:

 全ての物質は、大なり小なり、磁場中で磁性を持つ。その磁性を持った微粒子をマグネット(電磁石)の磁気力によって捕獲、除去するのが磁気分離である。従って、マグネットが強いほど弱い磁性の微粒子を捕獲することができる。また、磁気分離は高温、低温、酸性、アルカリ性、放射能等の厳しい環境において使用することが可能である。

 さらに、磁気力により捕獲する単純な方式なので、使用済み廃材を出さない。この特長が、廃棄物の量を減らす環境に優しい技術として注目を浴びている。地熱水や湖沼の浄化など、大量の排水を高速で浄化する用途に最適と考えられるが、現在は、危険な重金属を多く含む研究廃液など、少量の廃水浄化にしか実用されていない。これは大量の廃水を処理しようとすると、通常の電磁石では消費電力が莫大になるからである。そこで、電気抵抗ゼロの超伝導マグネットを使うとエネルギー面で有利になる。しかし、従来の金属系低温超伝導マグネットでは液体ヘリウムが必要であり、かつ、効率的な磁気分離運転に必要な速い磁場変化ができないなどの問題があった。今回用いた高温酸化物超伝導体のマグネットは液体ヘリウムが必要ない上に、安定、高速で磁場の上げ下げが可能で、これらの問題を一挙に解決できる。

実験装置:

 実験システムを、葛根田渓谷中腹にある岩手県の熱水供給施設の仮設プレハブ小屋内に設置したのが昨年12月上旬であった。はるばる茨城県つくば市の文部科学省金属材料技術研究所から持ち込んだ超伝導マグネットを、いわて産業振興センターが(株)地熱エンジニアリングの技術協力を得て製作した熱水循環系統に現地で組み込んだ。その後、ただちに試験運転を開始し、以来約20日間、実験条件を変えながら砒素除去にチャレンジしている。

 この新型超伝導マグネットを実現した材料は、金属材料技術研究所で発見されたビスマス系高温酸化物超伝導体である。同所は住友電工の技術協力を得て、これを線材化し、巻線して42個の要素コイルを製作し、これを全部積み重ねて真空容器に固定・収納し、昨年3月に完成した。動作温度は零下233度(絶対温度40度)以下、従来の超伝導マグネットと異なり冷凍機により冷却するので、液体ヘリウムが必要なく、電気さえあればどこででも運転できる。また、1分という短時間で磁場発生のオンオフができるという従来の超伝導マグネットにはない大きな特長も持つ。

 実験小屋をのぞいてみると、なにやら忙しそうに働く9人の研究者、技術者と、冬眠した大蛇のように曲がりくねった直径6cmのステンレス管が見える。その管の一部は、縦横80cm、高さ110cmのかまぼこ型ステンレス製容器を貫いている。この容器の中にビスマス系銅酸化物大型超伝導マグネットが入っている。重さは530kgである。タンタンタンと規則正しい機械音を出しているのは容器に付いている小型冷凍機で、内部の超伝導マグネットを零下233度(絶対温度40度)以下に冷やしている。

これまでの成果など:

 地熱水中に4ppm程度含まれている砒素を除去するのが今回の目的である。しかし、熱水を直接磁気分離装置に導入しても砒素成分は浄化できない。これは砒素の磁性と水の磁性の差が小さく、マグネットに十分に引きつけることができないからである。そのため、砒素に強い磁性を持たせる目的で、前処理に置いて鉄分を結合(磁性を種付け)することが考えられる。しかし、地熱水中には500ppmほどの硅素が含まれており、これが砒素と鉄分との化学反応を邪魔して、うまく鉄分を結合させることができなかった。

 種付けに関する研究では、化学反応を二段に分割することにより、砒素成分に鉄を結合させて大きな磁性を持った粒子にすることに成功した。さらに、この粒子を除去した後の地熱水中には、環境基準である0.01ppmの砒素しか残らないことを確認した。現在、葛根田川上流の現場では、この前処理を施した地熱水を0.6トン/時の大流量で磁気分離装置を通過させ、同様の除去性能を得るべく奮闘中である。

 21世紀には人口増加と環境汚染の深刻化にともない、飲み水不足が予想されている。また現在でも、中国、米国、東南アジアでは、飲み水の不足から砒素を含んだ水を日常的に飲むために、砒素中毒が慢性化している地域がある。そのために低品質な水を高品質にするための浄化用高性能フィルターの需要は益々高まっていくものと考えられる。したがって、水中から有害成分を安定に効率良く、かつ経済的に除去できる実用磁気分離システムの開発に成功すれば、人類の生存と地球環境保全に大きく貢献できるものと期待できる。

 一方、磁気分離をより広い環境汚染の解決手段としても利用できる。それは磁気分離は自らは廃棄物を出さず、極限環境でもあるいは希薄成分の高速浄化にも応用可能な技術だからである。例えば、火力や原子力発電プラントの高温ボイラー循環水や、半導体や紙パルプなどの工場廃水からの有害不純物除去へ応用することによって、プラントの効率を上げ高効率なエネルギー供給、あるいは環境保全に貢献できる。その他、生産工程へも応用できれば、産業廃棄物の低減も期待される。

 今回開発したシステムは、金属系ではなく酸化物系の超伝導マグネットを用いているため、発生磁場を 1分という短時間で増減できる。このため、廃水浄化した後にシステム内部に溜まる物質を短時間で洗い出すことができ、廃水浄化システムとしての効率が非常に高い。さらにこのシステムは、液体ヘリウムや特殊な磁性捕捉剤を必要としないので、今回実証したように葛根田熱水供給施設の様な人里離れた場所でも、容易に設置、運転ができる。したがって今後益々、実社会で広く利用されていくであろう。

研究グループ:

(1) 化学的前処理グループ 岩手大学工学部建設環境工学科中澤廣教授、工藤靖夫技官、佐藤充洋(大学院生)、伊藤正幸(学生)

(2) システム開発グループ いわて産業振興センター岡田秀彦地域結集研究員、岩手大学工学部福祉システム工学科千葉晶彦助教授、多田朋弘 大学院生、文部科学省金属材料技術研究所強磁場ステーション 小原健司主任研究官(電子技術総合研究所極限技術部から併任中)、三橋和成マルチコアプロジェクト共同研究員(筑波大学大学院生)

(薄氷流水)